ライセンス契約においては、ライセンシーによるライセンス対象発明の実施行為において、第三者の知的財産権を侵害しないことを保証させる条項を、ライセンサーが入れるよう求めることがあります。
しかし、ライセンサーがスタートアップの場合には、スタートアップの成長フェーズによるものの、FTO(Freedom to Operate)調査※2を自社内で行う能力はなく、かつ、外部専門家に委託するだけの資金面の余裕がないケースが少なくありません。そのため、形式的に事業会社に有利になるように、スタートアップに非侵害の保証をさせるのではなく、スタートアップに保証はさせないものの、第三者から権利侵害を理由にクレームがなされた場合に、情報提供などを通じて、その対応に協力させる定めを設けることが現実的な解決策になるでしょう。
※2:対象発明を実施するにあたり、第三者の知的財産権を侵害するか否かを調査するもの。
ところで、これまでの連載で繰り返し述べてきましたが、「スタートアップとの事業連携に関する指針」(以下、事業連携指針)でも示されているように、「優越的地位の濫(らん)用」(独占禁止法第2条第9項第5号)に抵触しないよう、ライセンス契約も内容を定めなければなりません。モデル契約書(新素材)を参照してみましょう(ライセンス契約9条)。
第9条1項 甲は、乙に対し、本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売が第三者の特許権、実用新案権、意匠権等の権利を侵害しないことを保証しない。
第9条2項 本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売に関し、乙が第三者から前項に定める権利侵害を理由としてクレームがなされた場合(訴訟を提起された場合を含むが、これに限らない。)には、乙は、甲に対し、当該事実を通知するものとし、甲は、乙の要求に応じて当該訴訟の防禦(編集注:ぼうぎょ)活動に必要な情報を提供するよう努めるものとする。
第9条3項 乙は、本特許権等が第三者に侵害されていることを発見した場合、当該侵害の事実を甲に対して通知するものとする。
なお、スタートアップに保証をさせない場合、事業会社が自らFTO調査を行うことも選択肢として考えられます。FTO調査に必要となる限りでスタートアップに対し、ライセンス対象の発明についての情報提供義務を課すという方法もあり得るでしょう。
ライセンスの対価はどのように定めるべきでしょうか。この点については、優越的地位の濫用に抵触しない、またそのような懸念を持たれないようにライセンス契約を締結する必要があります。ライセンスで許諾する対象の行為を明確化した上で、当該協業全体を踏まえた双方の利害調整をしつつ、ライセンス料を定めましょう。
ライセンス許諾範囲の明確化から解説していきます。ライセンシー(実施権者)による想定外の許諾がなされないように、ライセンスの対象特許※3、ライセンスの期間・地域・事業分野、独占・非独占等の範囲を明確に定める必要があります。特に、スタートアップがライセンシーとなる場合は、特許1件当たりの重要性が連携事業者のそれに比して高いため、ライセンスの実施許諾範囲を過度に広く設定しないよう留意する必要があります。
※3:実務上は、特許出願済であるものの、審査途中で未登録のものをライセンス対象に含む場合もある。この場合、登録の前後でライセンス料を変えるということもあり得る。例えば、経済産業省・特許庁より公開されたモデル契約書(新素材)では、ライセンス契約4条1項変更オプションで定められている。
また、スタートアップと連携事業者間の利害調整の結果として、独占的な実施権を付与する場合もあります。独占的な実施権は、ライセンシーにとって、当該ライセンスの許諾範囲において第三者への参入障壁を持つことになります。これは、いわば商圏を与えられることと実質的に等しいことです。
この考えに立って、資金繰りなどの面から、ライセンサーであるスタートアップから、(ランニングロイヤルティーを併用するか否かを問わず)一時金の支払いを求められたケースを考えましょう。連携事業者たるライセンシーとしては、「年間△△万円のリターンが得られる商圏を獲得するために一時金○○万円を支払う。これは設備投資のようなものだ。独占期間内の〇年間で十分に回収できる」といった見方もできるはずです。こう考えれば、一時金の支払いを受け入れることも選択肢として浮かび上がるでしょう。
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