今回のスマート工場プロジェクトに向けて、設備技術部で事前に課題を調査したところ紙を電子化したいという要望が多かった。そこで取り組んだのが、各工程データとトレーサビリティー(トレサビ)データを連結する「状態監視+トレサビ」である。
「状態監視+トレサビ」ではまず、設備データや検査データ、作業者の気付きなどを蓄積するネットワークデータベース(DB)を各工場にNAS(Network Attached Storage)で構築した。これにより、工程内、工場内での判断や調整に求められる良品条件などを現場でリアルタイムに見られるようになった。「エッジ領域のデータ収集と蓄積を行う、このNASベースのネットワークDBは、Linuxとオープンソースソフトウェアで構成されており、“ジェネリックシステム”といえる」(茨木氏)。価格は600万円で、Windowsサーバなどと比べて一桁以上安価になっている。
一方、工場間でのデータ連携と分析については、ヤマハ発動機の情報システム部門が開発した「DAP-FA」が担う。ジェネリックシステムがエッジ領域をリアルタイムにカバーするのに対して、DAP-FAは分単位での分析が可能であり、さらに日単位での分析はGoogleクラウドのソリューションを利用する仕組みになっている。
ジェネリックシステムに収集したデータは、同様にオープンソースソフトウェアを用いることで、製造条件監視や品質特徴因子見える化などさまざまな分析に応用展開できる。ここで重要なのが、説明因子と目的因子を明確に決めることだ。茨木氏は「例えば、設備CT(サイクルタイム)は、可視化することを目的にするのではなく、製造効率を向上することを目的にしなければならない。実利をどうやって得るのかが重要。見える化という言葉のマジックの落とし穴にはまってはいけない」と指摘する。この実利を見極めるためにも、同氏が前編で説明した、サイバー空間とフィジカル空間だけではなく、現場マネジメント空間が必要になるわけだ。
「自働搬送」「自働検査」「自働作業」「状態監視+トレサビ」という4つのキーテクノロジーに共通して重要になるのが「人材教育」である。自動化やデータ取得インフラの仕組みがあっても、社内にノウハウを持った人材がいないと問題発生時に手詰まりになり、効果の刈り取りやその維持継続ができなくなってしまうからだ。
この「人材教育」では、解決したい現場課題を目的因子のデータ、課題を引き起こす要因を説明因子のデータとして決め、“データ取得→分析”を小さく廉価に始めて成果を実感させるという成功体験が必要だという。
教育方法はOJT(On the Job Training)が中心になる。スマート工場プロジェクトを推進するヤマハ発動機の設備技術部の人員数は43人。85%が工場の現場経験者で、IT部門出身者はゼロ。そして、OJTのアプローチとしては「こちらが100点のものを作って見せるのではなく、70点まで作って、現場と一緒に残り30点を埋めていく。改善が当たり前の現場技術者であれば、一度やり方が分かれば、手を放してもどんどん活用していくようになる」(茨木氏)。
OJT以外でも、設備技術部への完全移籍や留学制度、短期間の異動プログラムなども用意しており、入門編的なスマートファクトリー講座やテキストなどでのレクチャーも行っている。さらには、社内だけでなく、取引先を受け入れての研修も行っている。
茨木氏は「スマート工場というトレンドの中では多くのFA難民がいると感じている。ITベンダーがもうかるだけでは、メーカーにとって競争力にならない。スマート工場は、超汎用、簡単変更、ローコストであるべきだ。ケンタッキーフライドチキンは、11種類のハーブとスパイスでレシピを作っているが、ハーブやスパイスそのものは作らない。そういう意味で当社のスマート工場はケンタッキーフライドチキンに近いことをやっている。アンテナを高くして、そこにあるデバイスを使って、レシピを作る。あるものをどう組み合わせて、目的をクリアするか、そこに腕を振るう」と強調する。
今後の目標は海外拠点への展開だが、教育を始めている取引先にも広げていきたい考えだ。基本的には、駐在員などを派遣することなく、現地拠点や取引先が独自にスマート工場に取り組めるようにするのが理想だとしている。
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