どのSCADAを導入するとしても、工場全体の最適化を目指すためのIIoTプラットフォームとしての活躍を期待するのであれば、データを一元的に集約する動線を整理し、再構築することが重要となる。トヨタもこの点に着手する必要があった。
改善前のトヨタの工場内のデータ動線について、少し解説しよう。約800台のロボットをはじめとする設備は工程ごとにPLC(工程PLC)に接続され、設備のデータはまず工程PLCに集約される。アンドン表示のための一部のデータがアンドン用のPLCに送られ、可動管理や品質管理のためのデータは専用サーバに送られるなど、個別の目的に部分最適化された動線が複数敷かれていた。すなわち、各工程PLCに集まったデータの全てを収集し、保存するセクションがない状況であった。
そこでトヨタは、SCADAの導入に伴い、各設備および工程PLCのデータを直接に集約するフラットな動線を再整備した。個別の目的に応じて集めるデータを絞るのではなく、まずあらゆるデータを一元的に集め、アウトプットの際に使用するデータを選別するという順序に改めたのだ。工場に存在する全情報を収集・保存・解析し、モニタリングや工程の全体最適化のために活用できる状況が整えられた。
そのアウトプットの一つとして、先述したアンドンについてもWeb化が進められ、工場内外のどこにいても、いつでも設備の状況や解析結果が手元のタブレット端末やスマートフォンで確認できるようになった。
「アンドンの掲示場所まで表示を見に行き、現場に向かい、対応内容を決め、人と機材を集めに戻り、対応し、手書きで記録し、後日報告する」という時間と労力をかけて行っていた作業は「設備に一番近い担当者がタブレット端末に表示されたトラブル内容と対応作業内容を確認。迅速に対応し、その作業内容はデジタルデータとして自動で蓄積・共有される」という形になり、状況把握のスピードは格段に向上した。
記録できていなかった秒単位での設備稼働履歴もリアルタイムで残るようになった。これらのデータを解析することで設備の老朽状況なども見えてくるだろう。大規模な工程停止につながるようなトラブルを未然に察知し、生産に影響しないようなメンテナンス計画を策定できるだけでなく、保全担当者を常時スタンバイさせておく必要がなくなる。データを現状の把握だけでなく、兆候管理に生かすことで、人的負担の軽減にもつながっていくことが見込まれる。
今後の取り組みについて「他工場への展開と、さらなる機能拡充を目指したい」と同グループの下西隼人氏は展望を語った。まずはIIoT化を他工場にも展開し、各工場の比較を通して新たな知見を見つけ出していきたいという。「SCADAの導入によって、これまで設備のデータを見ることのなかった人もデータにアクセスできるようになった。現場にはない新しい視点が加われば、SCADAの機能拡充や工程改善がさらに進められる」と下西氏は意気込む。既にエネルギー消費量や品質情報、メンテナンス情報の可視化を図り、相関の解析も進んでいるとしている。
トヨタのように、早く、安く、高品質な製品生産を実現したい企業は少なくないはずだ。そういった企業の工程改善においてSCADAは強力な武器になり得るが、その本領を発揮させるためにはデータ動線の整備が欠かせない。しかし、ひとたび動線を整えたならば、部分最適化されていたシステムの機能を損なうこともなく、会社全体の生産体制改善につながるデータプラットフォームの構築を実現できることを、トヨタの事例は示している。
日本の産業IoT活用事例はまだ多くなく、導入検討の際に参照できる情報が少ないのも実情だが、同社の取り組みの広がりが、国内でのIIoT普及の起爆剤になることに期待を寄せている。
本稿では、2019年のトヨタの事例を基に、工場のIoT化の具体的な進め方や、その過程で意識・解決すべき「データの動線整理」について紹介した。トヨタでは2019年の「Industrial IoT Meeting」での発表から現在に至る2年間で、さらに機能開発を進めている。次回は成果事例の一部として、データのクラウド連携や工場内の電力消費の可視化といった新規機能について、その内容をお届けしたい。
リンクス 代表取締役 村上 慶(むらかみ けい)
1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に国費留学、工学部にてコンピュータサイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE社製品の国内普及に従事し、国内におけるトップシェア製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。
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