JAXA 航空技術部門 構造・複合材技術研究ユニットでは、バイオミメティクスを取り入れたトポロジー最適化を、現在、新たな旅客機の形として注目されている「Blended Wing Body(BWB:翼胴一体)」機の構造設計に適用することで、旅客機のさらなる性能向上、技術革新を図ろうとしている。同ユニットの主任研究開発員である星光氏と有薗仁氏に話を聞いた。
今、新たな旅客機の形として注目されている航空機形状の1つが「Blended Wing Body(BWB:翼胴一体)」型だ。宇宙航空研究開発機構(JAXA) 航空技術部門 構造・複合材技術研究ユニットでは、バイオミメティクス(生物模倣)を取り入れたトポロジー最適化を、BWB機の構造設計に適用することで、旅客機のさらなる性能向上、技術革新を図ろうとしている。さらに、機体の素材には自動積層法によるCFRP(炭素繊維強化樹脂)の利用を想定し、3Dプリンタによる製造技術の研究も進めている。
本稿では、同ユニットの主任研究開発員である星光氏と有薗仁氏に、次世代のBWB型旅客機の構造設計について話を聞いた(※1)。
※1:今回お届けする次世代BWB型旅客機の構造設計についての内容を【前編】とし、モーフィング翼の研究についての内容を【後編】として次回お届けする。
BWBは、次世代の旅客機の候補として注目されている機体形状だ。Boeing(ボーイング)やNASA(米国航空宇宙局)の研究をはじめ、Airbus(エアバス)の水素を燃料とするコンセプト機、JAXAの電動飛行機の構想などにおいて、BWBが提案されている。このように、新たな機体形状が必要とされる背景について、星氏は「現在の旅客機の形のままでは、“大幅な性能の向上が見込めない”という理由が挙げられます」と述べる。
現在の旅客機の形状は、円筒形の胴体に翼を付けた「Tube&Wing(T&W)」型が基本となっている。胴体部分は、外板を骨材で補強したセミモノコック構造で、100年前から同じままだ。この構造をベースにしながら軽量化や抵抗、騒音の低減などが進められてきたが、改善の余地がなくなりつつある。そこで、各メーカーや研究機関が次世代の形状について研究を重ねているというわけだ。
BWB形状は、翼と胴が滑らかに一体化されており、空気抵抗の低減によって燃費向上が図れるとともに、胴体空間を広く取れることから積載重量を増やせるといったメリットがある。エンジンを胴体の上に置けば、騒音が下に広がるのを防ぐこともできる。
図1は、構造・複合材技術研究ユニットが独自に構想するBWB機のコンセプト図だ。座席数は150席で、全長27m、全幅は55m、高さは7.4mである。航続距離は3000nm(nautical mile:海里)で、短距離路線を想定している。胴体と尾翼によってエンジン騒音を遮蔽する。試算では、従来機と比べて燃費を50%改善、騒音を65%減らし、有害ガスの排出を75%削減できるという。
星氏らはBWB形状の構造設計において、「バイオニックエアフレーム」を提案している。バイオニックエアフレームとは、トポロジー最適化、バイオミメティクス、自動製造技術を組み合わせた、独自の構造設計・製造手法のコンセプトである。
一方、「BWB機体の研究で分かってきた大きな課題が、強度の確保です」と星氏は指摘する。旅客機の巡航高度の気圧は地上の4分の1から5分の1程度になるため、客室内は与圧する必要がある。内圧に対抗する材料の強度は、胴の断面が円形のときに最小化できる。BWB機の断面は扁平な楕円形に近くなるため、胴体に与圧荷重による曲げの力がかかる。従来の製造法だと、T&Wの形態と比較して3割程度、重量が増加するとみられている。
この機体の構造設計に適用したのが、バイオミメティクスを取り入れたトポロジー最適化である。
トポロジー最適化は、均一な材料上に荷重点や支持点を指定して、力の流れを計算し、力の流れない場所の材料を取り除いていくことで、材料を極限まで削減しながら強度を保った構造を導き出す技術である。このトポロジー最適化の活用は、従来の発想では生まれない形状を見いだすヒントにもなる。
だが、飛行機においては、力が点ではなく面全体にかかる。実際にかかる空気力や慣性力を基にトポロジー最適化を行うと、面全体から無数に力が流れる。そのため、明確な構造が得られにくい。荷重経路の付近にだけ厚い骨格ができ、それ以外の構造はぼんやりとしてしまったり、島状に独立した骨格ができてしまったりといったことが起こる。
そこで、支持点や荷重点などの特徴点をある程度人為的に設定し、明確な骨格ができるようにする操作が必要になる。「ですが、この特徴点の設定において、“設計者の主観”が入ってしまうことが問題でした」(星氏)。設計者が従来のセミモノコック構造の発想から抜け出せないまま、梁や柱があるであろう場所に特徴点を設定してしまうのだ。そのため、トポロジー最適化を行っても従来と同じような骨格が導き出されてしまい、効率的な部材の配置とはならなかったという。
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