本当に日本は「デフレ」なのか、「物価」から見る日本の「実質的経済」の実力「ファクト」から考える中小製造業の生きる道(5)(3/4 ページ)

» 2021年07月12日 11時00分 公開

日本は本当にデフレなのか

 それでは、日本の物価変動は、他の国々と比べるとどのような特徴があるのでしょうか。国際比較をしてみましょう。図4は1980年を基準値(100)としたGDPデフレータの推移です。

photo 図4 1980年基準のGDPデフレータの各国グラフ(クリックで拡大)出典:「OECD統計データ」を基に筆者が作成

 日本と比べると他国は、物価が右肩上がりで上昇していることが分かります。各国の1980年時点との物価を比較すると、米国で2.6倍、ドイツで2.0倍、イタリアで5.4倍もの水準に達します。日本は1.1倍程度で、ピーク時でもせいぜい1.2倍程度です。このように、実は日本だけ「物価が上がっていない」という大きな特徴があります。

 しかも、数年程度のレベルではなく、40年近くも物価がほとんど変わっていないのです。これは「物価が安定している」と見ることもできますし「物価が上昇するのが当たり前の世界で置いて行かれている」という見方もできます。

 経済用語に「インフレーション」(以下、インフレ)や「デフレーション」(以下、デフレ)という用語がありますね。ニュースなどでも「デフレからの脱却」などと聞くこともあるのではないでしょうか。「インフレ」は物価が継続的に上昇していく現象、「デフレ」は物価が継続的に下落していく現象です。

 インフレとデフレは需要と供給のバランスによって説明されるのが一般的です。需要よりも供給が多いと、モノやサービスが売れなくなるので、企業は値段を下げてより売れるように調整するので、デフレになります。逆に供給よりも需要が多いと、企業はより高い値段をつけるようになり、インフレになります。このように、需要と供給がバランスを取れるように、物価が変動するという解釈ですね。

 さらに一般的には、デフレは貧困化を伴うと言われます。需要よりも供給が多いので、企業はモノやサービスを売れるように値段を下げますが利益を出すために人件費や経費を削減します。また、将来の需要増も見込めないため、投資も控えます。人件費(消費者の所得)や投資は本来新たな需要を生むものですので、それらを削減することはさらに需要を減らし、経済が縮小していくことになります。このようにして物価と経済が連動して縮小し続けることを「デフレスパイラル」と呼びます。

 図4を見る限りでは、日本以外の先進国は軒並み物価が上昇し続けているので、「インフレ」であることが分かります。一方で、日本の物価は横ばいです。「継続して物価が下落し続けている」というわけでもないので、デフレスパイラルとまではいえません。むしろ、ここ数年ほどは若干上昇傾向なので、「極めて穏やかなインフレ」ともいえます。

日本はデフレではなく「相対的デフレ期」

 「ファクト」を通じてここまでで見えてきたものをまとめますと「日本はデフレか」という質問に対する答えは微妙なものだといえます。以下がその理由です。

  • 継続して物価指標が下がり続けているわけではない
  • 特に近年はわずかながら上昇傾向にある
  • 消費者物価指数とGDPデフレータに乖離(かいり)がある
  • 物価指標の詳細を見ると、項目によって上がったり下がったりしている

 このようなことから、日本は30年程の間、デフレでもインフレでもない、物価が停滞した状態が続いているといえます。ただし、前回までに見てきた通り、労働者は以前よりも貧困化し、日本経済は成長している世界の中で取り残されつつある状況ですね。

 日本はデフレではないけれど、物価が停滞していて、インフレが当たり前の世界の中においては相対的に物価が下落していきますので「相対的デフレ期」とでも表現してはどうかと思います。

実質GDPとは?

 さて、「物価」についてもう少し掘り下げていきます。ここからは「物価」と関連も深い「名目値」と「実質値」について考えていきます。皆さんもニュース報道などで「実質GDPが〇%の上昇」などと聞くことも多いのではないでしょうか。その言葉の持つ意味を解説していきます。

 今まで、本連載で取り上げてきた数値は全て「名目値」です。名目値とは、観測される金額そのままの数値です。当然物価が変われば、その分「お金の価値」も変わりますね。そこで、物価の変動分だけ金額を割り引いた数値が「実質値」となります。つまり、実質値とは次のように計算される数値です。

 実質値 = 名目値 ÷ 物価(デフレータ)

 例えば10年間で名目GDPが3倍、物価が2倍になったとすると、実質GDPは3÷2で1.5倍になったということになります。

 私たち製造業の生産活動で考えてみます。例えば、ある製品を10年前は1個当たり付加価値100円で1000個作っていたとします。そして、現在は200円で1000個作っているとします。これを付加価値の合計(GDP)で見ると、10年前は10万円、現在は20万円となりますので、2倍となっています。しかし、作っている生産量は1000個で同じですね。金額としての名目上の付加価値は2倍、物価も2倍になっていますが、生産数量は変わらない状況が生まれているのです。

 実質値を求めると、このように金額によらない数量的な変化を表すことになります。逆に、名目上での成長があっても、物価が上昇していれば、実質的な成長は目減りするという状況も生まれます。次ページでは、具体的な例で紹介していきます。

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