ただし、この2017年6月の段階で検討していたアプリケーションは、食品や医薬品を流通する際の温度管理の逸脱を検知するというもので、あらかじめ設定した温度範囲から逸脱したときに着色することを機能として利用していた。坪内氏は「温度変化に合わせて発色変化するインクの材料設計技術のめどはついていたが、発色変化したインクの色濃度を高精度に判定できる技術ができていなかった。そこから開発を進めたのが、品質判定システムの技術になる」と説明する。
印刷されたインクの色濃度をデジタル化する際に課題になるのは、外部の光環境によって変化する色の見え方だ。太陽光や白熱灯、蛍光灯などの光源の違い、明るさの違いによってカメラなどで撮影するインクの色濃度は変化してしまう。そこで、製品管理ラベルに印刷するインクの周囲に色補正用の4色の参照色を追加。読み取り画像から抽出したインクのRGB値を補正することで、より正確なデジタル化が可能になった。実際に、スマートフォン内蔵のカメラを用いたインクの読み取り画像の誤差は、参照色がない場合で約10%だったところを、10分の1となる1%まで向上することができた。
スマートフォンアプリとして仕立てた品質判定システムでは、インクの発色変化のデータと食品などの製品の品質情報をひも付けしてサーバ側に用意しておき、製品管理ラベルの読み取り画像から得たインクの色濃度のデジタル情報を基に品質状態を出力できるようになっている。
坪内氏の所属は材料プロセス研究部であり、インクの材料設計技術は専門分野だとしても、品質判定システムに用いているインクの色濃度をデジタル化する技術は専門外のようにも思える。しかし「材料開発をする際には、必ず評価という作業が必要になる。日立の研究開発部門では解析評価技術を重視しており、それを生かすことで開発できた」(坪内氏)という。
今回発表した品質モニタリングシステムで用いているインクは、印刷段階では青色に着色されているが、ある処理を施すことで白色となり、そこから温度変化に合わせて青色の色濃度が変化する仕様となっている。現時点において、産業用インクジェットプリンタによるラベル印刷は実現できていないが、今後の開発課題として対応を進めていく考えだ。
一般的な利用温度範囲は、−20〜+60℃までを想定しているものの、温度範囲や色濃度の変化速度といった用途に合わせた材料設計を行うことも可能である。ただし「100℃を超えるような用途は難しい」(坪内氏)としている。
今回の発表はあくまで研究開発成果であり、実用化については今後顧客との協創によって進めたい考えだ。坪内氏は「インクの色をデジタル化することは想像以上に難しい。人間の目は外部光などの影響も脳で調整して判断してくれるが、カメラのようなシステムはだとそうはいかない。その課題をクリアできたので、ぜひとも食品や医薬品などの本当の品質を見える化して、無駄な廃棄が起こらないような社会の実現に貢献したい」と述べている。
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