現在、IBMは米国内に18台の量子コンピュータを保有しており、これらの量子コンピュータをクラウドを介して無償で利用できる「IBM Q Experience」の登録ユーザー数は24万人まで増えている。IBMの量子コンピュータ上で実行された演算回数は1980億回を超え、その演算結果を用いた論文は235本発表されている。そして、IBMの量子コンピュータを商用利用するパートナープログラム「IBM Q Network」のメンバー数も年々倍増しており、現時点で106となった。
IBM Q Networkにおける活発な領域は「化学」「最適化」「人工知能」「シミュレーション」の4つに分かれる。「現時点ではスーパーコンピュータでも計算できるが、将来的に量子コンピュータでより早く行えるようにするのが狙いだ」(森本氏)という。
IBMの量子コンピュータの活用で世界に先駆けてきた地域が日本だ。2018年5月に慶應義塾大学に開設した産学連携研究センター「IBM Q Hub@Keio」は、量子コンピュータの産学連携拠点としては世界初の事例となった。また、2019年12月には東京大学とのパートナーシップを発表し、量子コンピュータの実機「IBM Q System One」を設置することを決めた。これまでIBMの量子コンピュータは全て米国内で展開していたが、米国外に展開するのは日本とドイツが初となる。また、東京大学では、量子コンピュータのハードウェア開発センターも開設されるという。
森本氏は「IBMの量子コンピュータの研究開発拠点の中でも、日本は最もアクティブで最もリソースが投入されている拠点の1つだ。日本の量子コンピュータ研究に大きく貢献していきたい」と述べる。
IBM東京基礎研究所の部長でIBM Q Hub at Keio University - IBM Leadを務める渡辺日出雄氏からは、IBM Q Hub@Keioを中心とする日本での量子コンピュータの開発事例が報告された。
製造業関連では、IBMが行ったVQE(Variational Quantum Eigensolver:変分量子固有値法)を用いた分子シミュレーションやタンパク質折り畳み計算の他、IBM Q Hub@Keioで三菱ケミカルホールディングスなどが実施したリチウム空気電池素材開発の量子シミュレーションなどがある。
また、GBS 戦略コンサルティング・アソシエイト・パートナー/IBM Quantum Senior Ambassadorの西林泰如氏は、IBMの先進的な量子コンピュータの研究開発成果を事業につなげるための取り組みについて説明した。
冒頭に森本氏が述べた通り、IBMの事業体制は、量子技術の基礎研究だけでなく、ハードウェアやソフトウェアの開発、実用化に向けた市場と事業の開発という3つの要素を三位一体で展開していることが特徴である。そして、量子コンピュータを実用応用していく上でユーザー各社が注力しているのが、強力なユースケースを開発し、それらをいち早く自社のビジネスに取り込んでいくための取り組みだ。
西林氏は「量子コンピュータの世界でも“Winner takes all”といわれている。革新的な技術の取り込みで先んじて、ノウハウや知的財産権などでケイパビリティを囲い込んで後発の追随を許さないということだが、そのことに気付いて量子コンピュータに取り組む企業も増えている」と語る。
そこでIBMは、製造・化学、金融、流通・物流といった量子コンピュータの業界別アプリケーションの事業開発をけん引するコンサルタントを組織しており、西林氏はその中で日本の責任者を務めている。同氏が活動する中で「量子コンピュータの事業化は既に始まっている」というのが実感のようだ。
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