車載ソフトウェアを扱う上で既に必要不可欠なものとなっているAUTOSAR。このAUTOSARを「使いこなす」にはどうすればいいのだろうか。連載の第11回では、AUTOSARの人材育成に関わる「研修」の現状について取り上げる。
今回も、AUTOSARに関わる組織的な人材育成について議論してみたいと思います。
前回の『AUTOSAR人材の育成に向けた提言(前編)「研修」で目指すものを一緒に見直しませんか?』は、AUTOSARの研修を行うに当たっての筆者悩みの1つ目、「目指すもののばらつき」について議論してみました。
受講する方々の「ここまでたどり着かなければならない」という期待や目標(ゴール)が、時にはあまりにも矮小であったり、また時にはあまりにも遠大であったりすること。ある研修に対して、それぞれの人が抱く「たどり着く先」「必要になること」のイメージにあまりにも大きなバラツキがあったり、過小評価したり、逆に非現実的なほど過大になるようであれば、研修の成果をあてにすることが難しくなります。業界全体の取り組みとして、もう少しハーモナイズしても良いのではないかと、というのがご提案です。
続きまして、ここからは2つ目の悩み、「研修」を受講する方々が既にご理解されている内容が大きく違うこと、です。これをもとに少し議論してみましょう。
これはエンジニアに限ったことではありませんが、独創性や多様性を必要とする場面もあれば、むしろ画一的であることを歓迎する場面もあります。ただ、画一的とはいっても、工学の世界に生きている私たちにとって、許容誤差ゼロはありえません※1)。研修においても、エンジニアの方々があらかじめお持ちの知識や技能はさまざまですから、「幅」に適切に対応していくことが必要です。
※1)誤差ゼロを目指すことと、許容誤差ゼロは全く違います。
AUTOSARに関する研修のようなものは、ある程度の人数の集団向けに、ある程度パターン化された形で繰り返し提供されるのが一般的です。受講者の前提知識の「幅」の想定をある程度絞り込まなければ、どうしても広い「幅」に対応することが必要になりますから、マンツーマンあるいは少人数向けのコースに代表されるような、受講者からのフィードバックをできるだけ短いサイクルで多数得てフレキシブルに内容を変えるという形にならざるを得ないでしょう。都度の対応幅が大きくなりますので、慈善活動のようなものでない限りは継続的な提供が難しくなりますし、そもそもそのような対応ができる講師の人材は限られます。
講師やカリキュラムの想定に受講者が合致していることは、講師と受講者の双方にとって有益です。講師は、たとえ前述のフレキシブルなスタイルであっても、反射神経(?)に頼らずに済む部分が増えますし、既存の研修マテリアルの再利用機会も増やすことができます。講師としての人材確保も比較的ハードルは下がりますし、相対的に低コストで研修を提供できるようにもなります。
受講者が、大学などで組み込みソフトウェア開発関連の専門教育を受けている方々だけであれば、想定の幅をかなり狭めることはできます。しかし、現実問題としてそうではありません。
最近、新卒〜3年目の若手技術者の方々にも伺ってみたのですが、組み込みソフトウェア開発関連の教育を受ける機会が全くなかったという方も少なからずいらっしゃいます。筆者がこの業界に足を踏み入れた約20年前と状況はあまり変わっていないかもしれません。
組み込みソフトウェア開発に関しては、今もなお、就職後に得る知識の方が圧倒的に多いというのが、国内の現状のようです。そして、研修に無限に時間を割けるわけではありませんから、企業での未経験者向けの教育内容は、どうしてもその企業や配属先で必要になる研修内容に限られます。「受講者の想定」が困難な状況は、こうしてシステマチックに生み出されます。
さて、一般的なAUTOSARの研修では、受講者として以下のような前提知識またはその一部をお持ちの方々を想定することが多いと思います。
実際には、1.と2.または1.〜3.のみが示されることが多いようです。4.と5.は明示されないことの方がほとんどです(実際には、それらなしでは実際の開発業務を行うことは困難でしょうが……)。ただ、ここにもいくつか問題があります。
例えば、「基本的な知識」とは何でしょうか。文言が「プロジェクト経験」に置き換えられるケースもありますが、いずれにせよ、具体的には「どんなことができる状態ならばいいのか」、それに関する共通理解が確立されているとは言い難い状況だと思います。
特に、AUTOSARをご存じではない方が多い場合には、これらについての最初の意識あわせには気を使います。そして、たとえ研修の案内資料に研修の狙いや範囲についてあらかじめ書いてあったとしても、多少の議論を交えながら説明しなければ、なかなか納得いただくのが難しいというのが実情です。中にはスキル不足を感じて受講をためらう謙虚な方もいらっしゃいますし、逆に「全く知らないわけではないから」ということでためらわない方もいらっしゃいます。
「この立場であればこのような前提知識が必要」ということについての業界内での共通認識がありさえすれば、と思うことは少なくありません。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.