都市国家シンガポールに見る、EVとカーシェアリングの可能性IHS Future Mobility Insight(5)(3/3 ページ)

» 2018年07月05日 10時00分 公開
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EVを取り巻く環境と普及に向けて

 シンガポールは電力供給のほとんどを天然ガスによる火力発電で賄っており、水力発電が主流の「EV大国」ノルウェー(2017年新車販売の3割強がEV)のように、必ずしもCO2削減につながるわけではない。これは政府も認識しており、EVやPHEV(プラグンハイブリッド車)に、消費する電力を生成するために発生するCO2量を、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)ガイドラインに沿って規定し、それを2018年1月から導入された新税制VES(Vehicle Emissions Scheme)に適用することとした(実際はVESの前身の制度含め17年7月から適用されている)。

 このVESは、CO2、PM(粒子状物質)、NOx、HC(炭化水素)、COの5物質の排出量によって自動車税が最大2万シンガポールドル(約165万円)減額または増額される。環境対応車を増やすことと同様に、自動車の台数を削減することが重視されるシンガポールにおいては、EVに対する優遇策はそれまでなかったが、VESでは、半年の猶予期間が置かれていたPMの排出基準が2018年7月から適用され、これ以降は事実上のEV優遇策となった。EVが優遇対象になる一方、これまで最大の恩恵を受けていたハイブリッド車の多くが減額の対象外となり、一部減額対象だったモデルが逆に増額対象となるケースもある。

 これを見込んで、Hyundai Motor(現代自動車)は「Ioniq-Electric」を導入し、2018年1月の「シンガポールモーターショー」で大々的に宣伝した。日産自動車は「リーフ」を同年後半から販売する予定である。Mercedez-Benz(メルセデス・ベンツ)やAudi(アウディ)といったプレミアムブランドから発売されるEVも輸入が見込まれ、市場は徐々に拡大するだろう。シンガポール政府は、シェアリングEV用の充電ステーションのうち20%を一般公開するとしている。また、政府系企業で電力・ガスの供給などを担うSPグループも、2020年までに急速充電対応100カ所程度を含む充電ステーションを国内500カ所に設ける計画を発表しており、インフラの充実が期待される。

 Tesla(テスラ)については、2010年にシンガポールに進出し、わずか1年足らずで撤退している。その後インポーターによって数台導入されたが、それ以降現在まで登録がない。当初は登録料を割り引くなどの措置もあったが、車両は高額だった。そのようなクルマを買う富裕層は、給電器を設置できるような戸建住宅に住んでいて走行距離も多くないというEVには適した条件化にいるものの、結果として先進性よりも、伝統的なステータス性を選んだ、と考えられる。

 富裕層向けにヨットの販売およびFerrariやMaserati(マセラッティ)などを並行輸入しているHong Seh Motorsが2018年4月、Teslaの取り扱いを開始することを宣言しているが、435kmの走行距離をカバーする「Model S 85D」が約42.7万シンガーポールドル(約3600万円)であり、同年5月までの時点で販売実績はまだない。7月以降の優遇税制により販売は見込まれるものの、特に米国で築いたような先進的なイメージに基づくステータス性、ブランドをいかに構築するかが課題である。

 EVが政策主導ではなく、顧客のニーズに基づいて売れるようになるためには、もう少し時間が必要だろう。

まとめ

 限られた敷地面積の中で、多くの人口と多くの富裕層を抱えるシンガポールは、カーシェアリングやEVが最適な市場のように思える。しかし、そういった市場でさえ、実際はインフラ整備のみならず消費者側のマインドも変化していかないと、選択肢がある場合その中から優先的に選ばれるということが難しい。公共性という観点がなじむ国や地域、そうでない所もあるだろう。

 世界的にSNSを中心としたデジタル媒体により、消費者行動モデルひいては消費行動そのものの在り方が変化しつつある中、自動車産業も産業的な転換点だけでなく、商品企画から販売戦略までのマーケティングの在り方も変化を問われている。

プロフィール

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石川 千嘉(いしかわ ちか) IHS Markit Automotive 日本ビークルセールスフォーキャスト・シニアアナリスト

日産自動車をはじめ自動車業界数社で、商品企画から販売促進まで幅広くマーケティング業務に従事。日本を中心に調査に基づく市場分析・戦略立案などを手掛ける。2016年より現職。日本、台湾、シンガポールでの車両販売における市場動向の調査・分析、各自動車メーカーの販売動向の予測・販売戦略の分析を担当。趣味で二輪・四輪レースに参戦していたこともあり、マーケットだけでなくメカニズムにも造詣がある。
慶應義塾大学経済学部卒業


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