物質・材料研究機構は、自己修復するセラミックスの修復速度が最速で従来比6万倍になり、発生した亀裂を1分で修復できる技術を開発。航空機エンジンのタービンなどに用いられている金属材料をセラミックスに代替でき、大幅な軽量化によるCO2排出量の削減につなげられるという。その修復プロセスは、人間の骨と同じだった。
物質・材料研究機構(NIMS)は2017年12月27日、茨城県つくば市内で会見を開き、同年12月21日に発表した自己修復セラミックスの技術について説明した。同技術により、セラミックスの自己修復速度が最速で従来比6万倍になり、セラミックスに発生した亀裂を1分で修復することが可能になるという。航空機エンジンのタービンなどに用いられている金属材料をセラミックスに代替することが可能になり、大幅な軽量化によるCO2排出量の削減につなげられるとする。2025年を目標に、同技術の市場導入を目指す。
会見では、既に1995年に発見されている自己修復するセラミックスについて、人の骨の治癒と同様のプロセスで修復していることを解明したと報告。さらに、自己治癒(Self Healing)と呼ばれるこのプロセスで解明した内容を基に、自己治癒を促進する物質をセラミックスに導入することで治癒速度の大幅な向上に成功したと説明した。
NIMS 構造材料研究拠点、高強度材料グループ 主任研究員の長田俊郎氏は「未解明だった自己治癒の機構について、NIMSの先進的な分析、解析技術を活用することで解明できた。今回の成果は、既に民間で開発が進展している強靭化セラミックスの技術とも併用可能であり、実用化に結び付けたい」と語る。
自動車や航空機にとって軽量化は常なる課題だ。軽くすればするほど走行や飛行に使用するエネルギーが少なくて済むからである。軽量化は、排出するCO2の量も減らすという効果も生み出す。しかし軽量化は、強靭性や堅牢性、耐久性などの低下を併発するという課題がある。
軽くて丈夫な素材を開発することももちろん重要だが、できてしまった傷や亀裂、進行した劣化を自己修復する技術の開発にも注目が集まっている。例えば、既にスマートフォンケースなどでは、すり傷を自己修復する樹脂などが採用されている。また、2017年12月には、東京大学などが「世界初」とする自己修復ガラスの開発を発表している。
ガラスと同じ無機材料であるセラミックスについても、1995年に横浜国立大学が自己修復の技術を発見している。酸化物系セラミックスであるAl2O3(アルミナ)にSiC(炭化シリコン)を導入すると、1000℃以上の環境下であれば、亀裂発生と同時にSiCが酸化してSiO2(シリカ、二酸化ケイ素)が生成し、亀裂を埋めて強度を完全に回復するというものだ。
この技術は、航空機エンジンのタービンを軽量化するための材料として注目を集めてきた。航空機エンジンのタービンは600〜1500℃という高温環境下で用いられるため、1000℃以上の環境下で自己修復するという条件に合致していたからだ。
現行の航空機エンジンのタービンはニッケル合金などが用いられている。これらを軽量で冷却不要なセラミックスに全て置き換えれば、従来比で14.8%の高効率化を実現できるという試算がある。現行技術のまま航空機需要が拡大すると、2050年には年間で42億トンのCO2を排出するとされている。もし、全ての航空機エンジンの燃費を14.8%向上できれば、年間で6億1900万トンのCO2排出量を削減できるようになる。このCO2排出削減量は日本の総CO2排出量の半分、原料費で34兆円に相当するという。
しかし、セラミックスを航空機エンジンのタービンに用いるには、エンジン後段で発生する小さな異物の衝突によって起きる損傷(FOD:Foreign Object Damage)への対応が必要になる。ニッケル合金などと違ってセラミックスは脆いため、経年劣化などではなく、FODによって突然使えなくなってしまうため実用性に乏しいことが最大の課題となっていた。
自己修復セラミックスは、この課題を克服する可能性のある技術だ。もしFODによって損傷や亀裂が発生しても、飛行中に自己修復して強度を取り戻せば、実用上の問題はなくなる。
しかしこれまでの自己修復セラミックスの場合、航空機エンジンの動作温度のうち最も広い領域となる1000℃では自己修復にかかる時間が1000時間と極めて長かった。実用面では、航空機の飛行時間よりも短い10分程度で修復する性能が必要とされていた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.