NECは、独自の先進AI(人工知能)技術の成果を基に創薬事業に参入する。新会社「サイトリミック株式会社」を設立し、がん治療用ペプチドワクチンの開発と実用化を推進していく。今回の創薬事業への参入は、NECが20年以上積み重ねてきたAI技術やバイオIT事業の結晶ともいえるものだ。
NECは2016年12月19日、東京都内で会見を開き、独自の先進AI(人工知能)技術の成果を基に創薬事業に参入すると発表した。山口大学、高知大学との共同研究にNECのAI技術を適用することで発見したがん治療用ペプチドワクチンの開発と実用化を推進する新会社「サイトリミック株式会社」を設立。複数社のベンチャーキャピタルからサイトリミックへの出資も決めており、事業活動を加速させたい考え。2018年末までに非臨床開発を完了し、2021年末までに3段階に分かれている臨床試験の第2段階までを終える計画だ。
サイトリミックの資本金は3億6150万円。出資比率はNECが39.9%だが、残りの60.1%はファストトラックイニシアティブ、SMBCベンチャーキャピタル、NECキャピタルソリューションなどのベンチャーキャピタルが出資する。社長には、NECでがん治療用ペプチドワクチンをはじめ生命科学分野の新IT事業を推進してきた土肥俊氏が就任する。
NEC 取締役 執行役員常務 兼 CMO(チーフマーケティングオフィサー)の清水隆明氏は「不可能を可能にする挑戦は勇気ある冒険者によって成し遂げられる。今回の創薬事業への参入は、まさに当社にとって新しい挑戦になる」と語る。
今回のNECの発表は「創薬事業への参入」となっているものの、サイトリミックはNECの100%子会社ではない。ベンチャーキャピタルからの第三者割当増資により、NECの出資比率は39.9%に抑えられている。清水氏は「自社から生まれた技術シーズを育てる上で、NECが投資家となって、他の投資家と一緒に取り組むという手法は、オープンイノベーションの1つの選択肢だ」と説明する。
今回サイトリミックが開発と実用化に取り組むペプチドワクチンは、手術、抗がん剤、放射線に次いで、第4のがん治療手法といわれる免疫治療の1つとなる。免疫治療は、人間が本来持つ免疫の力を使ってがんを治療する手法で、他の治療手法よりも、副作用が少なく、QOL(Quality of Life:生活の質)が高いため、実用化が期待されている。
免疫治療には、免疫によるがん細胞への攻撃が抑制されている状態を解除する「チェックポイント阻害剤」と、免疫のがん細胞への攻撃を強化する「ペプチドワクチン」+攻撃をより強化する「アジュバント(免疫賦活剤)」がある。
チェックポイント阻害剤は、既に小野薬品工業から「オブジーボ」として販売されている。その一方で、ペプチドワクチンはまだ実用化されていない。グリーンペプタイド、大日本住友製薬、塩野義製薬などが開発に取り組んでいるが「臨床試験の最終段階とある第3段階で有効性が示されていない」(サイトリミックの土肥俊氏)という。
ペプチドワクチンの実用化が難しい理由は3つある。1つ目は、がん抗原となるタンパク質をさまざまな種類の中から見つけ出さなければならないことだ。2つ目は、見つけ出したがん抗原となるタンパク質の中から、できるだけ多くの患者の免疫を活性化するペプチドを見つけ出す必要があることになる。9個のアミノ酸配列から成るペプチドは、数百個のアミノ酸で構成されるタンパク質の一部だ。免疫を活性化するペプチドは100個に1個程度といわれており、さらに人それぞれで違う白血球型によって活性を示すペプチドも異なってくる。そして3つ目の理由として、見つけたペプチドの効果を強化するアジュバントの発見も挙げられる。
これだけ多くの「見つけ出す」作業が必要なことが、ペプチドワクチンの実用化を困難にしていた。この困難さを克服するため、NECが活用したのがAI技術である。NECは1991年に、中央研究所で機械学習の基礎研究を開始。そして1998年には、高知大学との共同研究として、実験データと機械学習をインタラクティブに連動させる「アクティブラーニング」によるペプチド予測の研究開発を始めた。
その後、2001年にペプチド予測の有効性発表、2008年にペプチドワクチンの人への投与開始(高知大学の臨床研究)、2009年に米国食品医薬品局(FDA)の初承認、2013年に新たなペプチドワクチンの人への投与開始(山口大学、高知大学の臨床研究)など実績を積み重ねてきた。2000年からNECのバイオIT事業開発を統括してきたサイトリミックの土肥氏は「20年以上かけて着実に積み重ねてきた実績が、今回の創薬事業参入につながっている」と強調する。
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