国産RTOSの礎となった「TRON」の歴史を語ろうリアルタイムOS列伝(58)(1/3 ページ)

IoT(モノのインターネット)市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS(RTOS)について解説する本連載。第58回は、国産RTOSとして広く採用された「ITRON」の礎となった「TRON」を紹介する。

» 2025年05月07日 10時00分 公開
[大原雄介MONOist]

 本連載では海外のリアルタイムOS(RTOS)を中心にいろいろご紹介してきたが、日本においてRTOSを語るには「TRON」の話を避けて通るわけにはいかないだろう。そこで、今回と次回に分けてTRONについてご紹介したいと思う。

⇒連載「リアルタイムOS列伝」バックナンバー

1984年に東大の坂村健氏が提唱しTRONプロジェクトがスタート

 TRONという言葉を耳にしたことのある読者はかなり多いだろうし、筆者と同年代(還暦突破中)のコンピュータエンジニアならほぼリアルタイムで体験してこられたのではないかと思う。TRONは“The Real-time Operating system Nucleus”の略だが、1984年に当時東京大学 理学部 情報科学科 助手(1996年から教授、2017年に東京大学を退職、現在は東洋大学 機構長)の坂村健博士(以下、坂村氏)が提唱したものである。

 実際には、TRONプロジェクトという形で、単にOSのみならずアプリケーションのユーザーインタフェースまで含んだかなり壮大なものであった。坂村氏が1987年に出した「The Objectives of the TRON Project」(図1)という論文によれば、まずHFDS(Highly Functionally Distributed System:高機能分散システム)という理想があり、これを実現するための方法としてITRON/BTRON/CTRON/MTRONという4種類の環境(OSとフレームワーク)に加え、TRON仕様のCPUを構築することまで視野に入れていた。このTRONプロジェクトの推進のため、1986年にはTRON協議会が設立。1988年にはトロン協会に改称される。

図1 図1 HFDSの方は、TRONプロジェクト全体が想定通りにうまくいかなかったこともあって、もう名前を聞くこともほとんどなくなってしまった[クリックで拡大] 出所:The Objectives of the TRON Project

 このトロン協会が中心になって、以下の4つのTRON OSを含めた6つのプロジェクトが立ち上げられ、それぞれの開発が始められることになる。

  • ITRON(Industrial TRON):組み込み向けRTOS
  • BRTON(Business TRON):ビジネス向けOS。要するにWindowsなどのPC向けOSに相当する
  • CTRON(Communication and Central TRON):通信システム(電話交換機など)向けOS。無停止稼働など高信頼性が要求される用途向けのOS
  • MTRON(Macro TRON):ITRON/CTRON/BTRONの上位に位置し、これらをまとめて分散コンピューティングを実現するためのフレームワークというか、インフラに近いもの
  • トロン電子機器HMI研究会:TRONにおけるHMI(Human Machine Interface)デザインの策定
  • トロンチップ:文字通りTRON OSを効率的に稼働させるCPU

 当初CTRONはなく、ITRON/BTRON/MTRONの3つがOSとしてラインアップされた時点では、頭文字を取るとIBMになるとやゆされ、CTRONが加わったことで頭文字がICBM(大陸間弾道ミサイル)になると「より物騒なものになった」などとも言われたりしたが、これは余談である。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.