米国は製造業の空洞化が早くから叫ばれ、自動車産業を除いては多くの企業が生産から撤退したり、海外へ工場を移転したりしてきた。その間、日本が世界の工場の役割を担った時代があり、その後、台湾や中国などに主役が移り、今はASEANやインド・バングラディッシュなどに生産の中心地が移ろうとしている状況だ。
しかし、工場立地として成熟が進めば進むほど人件費は高騰していく。結果として数年ごとに中心工場を移転し続けるような状況が続くことになる。移転費や現地従業員の教育費用なども含めればこうした人件費をベースとした新興国への生産地の移転はトータルコストで見た場合赤字となっている企業も多いのが現実である。
こうした状況の中で、2年前に日揮の佐藤知一氏とTPMコンサルタントの田尻正滋氏に執筆いただいた連載「いまさら聞けない『工場立地』入門」では、「実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由とは」として、米国が工場立地として魅力を取り戻してきていることを紹介している。特に田尻氏は「米国中西部ほどモノづくりに適した場所はない」と主張している。
その理由として田尻氏は「エネルギー価格」「原材料価格」「物流コスト」「離職率」「人材」「人件費」「日本人組織」「立地支援」の8つの点を挙げている。こうした中で注目すべきなのが、人件費である。実際に米国内の人件費はそれほど高くなく、高騰を続ける中国と比較すると地域によっては既にほとんど変わらない状況になっている。
工場を立地しても生産コストがそれほど高くならないという点に加えて、輸出を想定できる点も魅力である。NAFTAについては離脱などの話も出ているが、米国では韓国を含むFTA(自由貿易協定)の相手先が存在する。トランプ氏が米国の雇用を最大の関心事としているのであれば、米国で生産し米国から輸出することについては寛容になると考えられるため、輸出拠点としての魅力は残ると想定される。
一方で米国での生産において、課題として残ると考えれるのが、製造技術者の問題である。米国では早くから製造業が空洞化したことにより、日本と同様の製造技術を持った技術者が確保できないと見られている。そのため米国では3Dプリンタやロボットなどを活用したデジタルマニュファクチャリングの研究が現在活発に行われているが、日系製造業にとってはこれらの人材も少ない。IoTなどのデジタル技術の活用も含めて、製造技術をどう高めて、どのように品質を確保していくのかという点が今後米国生産を本格化する上での課題になると見られている。
今後は、トランプ氏が実際にどういう政権運営をするのかについては実際は見てみないと分からない部分も多い。ただ、もし保護化が進むのであれば米国生産の検討は避けて通れない状況になるのは明らかで、そうした際に慌てることのないように、まずは「米国生産を行う余地があるのか、ないのか」を検討し、立地や製造手法などについても考えておく必要があるだろう。
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