理化学研究所は、陽電子放射断層画像法を用いて、ラットにおける「神経新生」の生体イメージングに成功した。今後、この手法がヒトにおいても確立されれば、うつ病の診断や薬の治療効果判定での活用、客観的な脳機能の評価につながるという。
理化学研究所は2016年8月30日、陽電子放射断層画像法(PET)を用いて、ラットにおける「神経新生」の生体イメージングに成功したと発表した。同研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターの田村泰久上級研究員らの共同研究チームによるもので、成果は同月3日、米科学誌「The Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載された。
神経細胞のもととなる神経幹細胞が、神経細胞へと分化することを神経新生と呼ぶ。ヒトを含めた哺乳類の脳では、成体でも、側脳室周囲―嗅球と海馬でのみ神経新生が一生涯にわたって起こる。しかしこれまで、ヒトを含めた哺乳類の、生きた個体での神経新生を、脳組織を傷つけずに生体イメージングすることはできていなかった。
今回、同研究チームは、神経新生を検出するためのPETプローブである「[18F]FLT(フルオロチミジン)」を用いる方法を考えた。[18F]FLTは分裂細胞に取り込まれる性質があるため、脳におけるそのPETシグナルは神経幹細胞の存在を示す。しかし、[18F]FLTを血中に導入しても、脳内に十分量の[18F]FLTを到達させることは困難だった。
そこで、ラットに、さまざまな薬物トランスポーターの阻害剤を投与し、[18F]FLTの到達量を調べたところ、薬物トランスポーターの一種である「MRP」の阻害剤「プロベネシド」が、神経新生が起こる側脳室の周囲および海馬での[18F]FLT集積を上昇させることが分かった。
また、組織切片を用いるオートラジオグラフィ法だけでなく、生きたラットのPET撮像においても、プロベネシドは同様の効果を持つことが明らかとなった。つまり、[18F]FLTとプロベネシドを併用することで、ラット海馬における神経新生を、脳組織を傷つけずに定量的に生体イメージングする手法を確立できた。
さらに、この手法を用いて、うつ病モデルラットと抗うつ薬投与ラットでの神経新生の変化を定量的に検出できるかを検証。うつ病やアルツハイマー型認知症などの精神・神経疾患では、海馬での神経新生が低下するが、抗うつ薬の投与により神経新生が回復することが知られている。検証の結果、うつ病モデルラットでは、海馬への[18F]FLT集積が正常ラットと比較して有意に低下していることが分かった。さらに、うつ病モデルラットに抗うつ薬のSSRIを投与したところ、海馬への[18F]FLTの集積が正常レベルまで回復した。これは、今回確立した手法が、生きた個体における神経新生の変化を定量的に検出できることを示している。
今後、この手法を元に、ヒトでの神経新生の生体イメージング法が確立されれば、記憶・学習など脳機能の客観的な評価や、うつ病診断や抗うつ薬の治療効果判定での活用につながることが期待されるとしている。
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