もう1つのポイントとして訴えたいのがシンガポールの活用です。ASEAN地域への事業展開を考える際には、シンガポールを重要視すべきです。
同国は、国土面積が東京23区程度、人口540万人ほどの都市国家です。一般的には、金融と貿易で成り立っている国と思われがちですが、実はシンガポール政府は製造業を主要な産業と位置付けています。製造業が同国のGDPの約20%を占め、生産額において化学やエレクトロニクスが主要産業となっています(図表2、図表3)。
今では国民1人当たりGDPが日本を上回るほどの成長を見せたシンガポールですが、その経済発展の歴史はイノベーションの連続といえます。建国当初は労働集約型の加工・組み立て産業が中心でしたが、その後、石油化学などの資本集約型の産業を育て、そして最近はバイオメディカルや航空工学などの知識集約型産業に力点を移してきました。このような非連続な発展を続けてきたシンガポールに「共進化」を考えるヒントがあります。
2013年、同国の経済開発庁をはじめとした中央省庁の高官を歴任した方と面談する機会がありました。その時、彼がシンガポール発展のキーワードとして挙げた象徴的な言葉あります。それは、日本語の「借景」です。借景とは、遠方にある山々を背景として取り込むことによって、景色に奥行きを持たせ、目の前にある庭石や池を自然と融合した1つの風景として描く手法です。京都など寺院の庭園でご覧になった方も多いでしょう。
シンガポールは、ASEAN地域の地理的中心に位置し、アジアと欧米の経済の連結点(Nexus)にあって、つねに世界の最新の産業トレンドやビジネスモデルを「借景」してきたというのです。世界中の一流の人材、知識、技術、資金、情報を自国の経済圏に取り込み、外部資源を活用することで、経済発展を成し遂げてきました。今では7000社を越える多国籍企業が地域統括拠点をシンガポールに設置しているそうです。自国の資源が限られ、東西の文化のはざまで、かつマレーシアから分離独立して建国したシンガポールが発展するには、こうするしかなかったのかもしれません。
日本もシンガポールと同様に資源の限られた島国ですが、これまでは自前のひたむきな努力によって、成長を遂げてきたと言えます。それは誇りとするべきことですが、これからはASEAN経済と深く結び付き、グローバル経済の縮図でもあるシンガポールを「借景」することで、アジアそしてグローバルな事業の広がりを描くことができるのではないでしょうか。
実際に、シンガポール政府は「Living Lab」というコンセプトを打ち出し、同国を実証的な研究開発、商品開発の場として活用することを奨励しています。例えば、2013年の「ASEAN地域3カ国調査」でインタビューをしたNECでは、シンガポールに「グローバルセーフティ事業部」を設立し、シンガポール政府や研究機関などと連携して社会ソリューションのための技術を開発し、それを世界へ展開しようとしています。
ASEAN経済のハブとして域内に販売チャネルを持っているシンガポール企業は、技術力を有する日本企業にとって有効なパートナーともなり得ます。私たちには「借景」という、自らの枠を飛び越えて外部のリソースを取り込むという豊かな想像力がもともと備わっているということを思い出すべきです。
もちろん、そうは言ってもアジアへの事業展開は簡単なことではありません。不確実性が高く計画通りにいかないことが多々あります。さらに、これから進出しようとする企業にとって、現地で直面する壁の前に「社内の壁」が大きく立ちはだかります。社内でアジアへの事業展開を提案しても、情報不足、人材不足などから、できない理由の枚挙にいとまはありません。「数字を出せ」「リスクを考えろ」「本当に大丈夫なのか」と言われたら、仮にアジア市場に関心があっても、行動が先送りになってしまうでしょう。
当協会グループの日本能率協会コンサルティング(JMAC)では、アジアへの事業進出や現地での課題解決を支援しており、このような「社内の壁」を乗り越えるために、「アジア・リテラシーを高める」ことを提唱しています。これは「アジアのビジネス環境を読み解く力」のことです。
アジアに関するさまざまな情報を集めることをも大切ですが、二次情報を受け身でうのみにするのではなく、生きた情報と実感をもって自分なりに解釈する。社内外や国内外にネットワークをはって、リアルタイムでアジア事業のチャンスとリスクを捉える。また、不安定さや不透明さに向かい合うタフネスさを持つことも必要です。そして、社内にアジアを目指す仲間を作って、組織レベルのアジア・リテラシーを高めることで、「社内の壁」を突破しなければなりません。
以上、最終回の今回は、アジアとのパートナーシップによる「共進化」を、シンガポールを軸に考察しました。この「進化」とは、従来の持続的成長ではなく、新しい成長カーブにジャンプすることに他なりません。これまでの前提に捉われずに、新しい考え方を取り込むことができるか、新しい世界に飛び込むことができるかが問われます。
冒頭に触れた「ものづくり白書」ですが、2014年6月に発表された最新2014年度版においても、日本の製造業が競争力を強化するためには、自前主義から脱し、M&Aなどを通じた事業再編や大企業とベンチャー企業が連携すべきであると説いています。また、成長戦略を支えるための「ものづくり人材」育成の重要性も指摘しています。アジア現地への事業展開は苦労も多いでしょうが、日本企業にビジネスの観点のみならず、人材育成という面でも刺激をもたらし、進化を促進することでしょう。
安倍晋三首相も2013年7月にシンガポールを訪問した際に、「日本とASEAN・Always in Tandem」と題して講演し、その中で「シンガポールに追い付き、追い越したい」と語っています。これからの日本の製造業の未来を切り開くために、素直な気持ちでアジアと向き合い、謙虚に学ぶ姿勢が何よりも大切ではないでしょうか。
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