豊産自動車から提供されたモデルは、CVT制御に対する要求をダイレクトに伝えてくれるものだった。
鈴木さんの言っていた通り、カタログ表示の燃費(JC08モードなど)を計測するモード走行のシミュレーションができるレベルである。
この結果、クルマの走行時にどんな負荷が掛かっているのか、エンジンからどういったトルクが出ているのかがすぐに分かるのである。
もちろん、温度や気圧といった外部環境の影響も考えられていた。
ここまで分かると、CVTもしっかりと燃費に貢献できる仕様にしないとナ。
モデルを使った要求/要件の分析と仕様決めは意外にもスムーズな滑り出しができた。
シミュレーションを重ねることにより、新規の制御モデルは、若干の見直しが必要になったものの、基本的な制御仕様は変更せずに済むことが見えてきた。とりわけ、CVT∞のハードウェアに大きな変更を加える必要がないことが分かったのは大きかった。CVTの変速位置を保持するのに必要となる油圧や電気量が不足しない、ということまでシミュレーション上で確認できたのである。
しかし、不測の課題も出た。急激な負荷変動が発生した際に、変速機がそれにつられて動作するのである。例えば、ABSが動作した時や、クルーズコントロールをキャンセルした時など、ドライバーの操作が介在することによって、それぞれの機能が連携して動かなくなるのだ。断続的な負荷の変化があると、CVTも連動してしまい、クルマがぎくしゃく動くのだ。
これはブレーキとかのモデルがないから検証してくことは難しいわね。でも、あらかじめ起こりうるトルクの変動を想定して評価を考えることはできないかしら?
五十嵐、テストのパターンを作って、想定した課題対応できるかな。
多分大丈夫。
では、今あるFMEA(故障モード影響解析)とQFD(品質機能展開)に追加する形で想定課題を洗い出してみましょうか。
というわけで、制御グループ全体で想定課題を洗い出すことに。そしてさまざまな議論を経て、評価すべき項目がそろった。これらの評価項目は、断続的な負荷変動が生じた場合に加え、CVTの油圧制御装置が壊れた場合も含まれたものになっていた。
たくさんありますね。でもこの中の7割くらいはシミュレーションで評価できないでしょうか?
確かにそうだな。ここは制御設計の前段階、いわば企画に近い領域だけど評価条件もシミュレーションを前提として考えればいける気がする。
鈴木さんは豊産のV字開発プロセスの資料をくれましたよね。よくよく見ると、V字の中にさらに小さなV字があります。これが、シミュレーションによる検証まで含んだプロセスじゃないんでしょうか?
そうかもしれないわね。企画設計しながら、評価条件を決める。そしてシミュレーションで評価までしてしまう。そうすると、大きなV字の右側は何になるのかしら?
シミュレーション結果と実機動作を比較するんでしょうか?
なるほど、そうすれば評価回数を減らしながら仕様を決められるな。
みんな、モデルベース開発に前のめっていいかもね。この勢いで、CVT∞が車両に搭載された時に性能達成を検証する評価条件を決めて実行し、選定したハードウェアの妥当性と制御プログラムの仕上がり度合いも確認しましょう。
(山田課長にいつもの「前のめります!」を取られちゃった……)
山田課長の意気込みに押されつつも、私はいつもと違う手応えを感じていた。
私は、これまでの三立精機での開発がCVTだけに限定され、あまりクルマに関わっている感じがしていないことに何となく不満だった。ところが今回の開発では、CVTの機能を作り込む一方で、CVTの使われ方についてもっと多くの条件を最初から考えられるので、バンビーナとの関わりを感じられるような気がする。
モデルベース開発は、品質を高めながら色んなことも分かるようになるんですね。
モデルベース開発の知識や技術を習得しつつ製品開発へ適用することは、非常に大変だったけれども、モデルを作りながら検証することは意外に楽しく、目に見えて進捗が分かることも気持ちよかった。もちろん豊産自動車への進捗報告でも、モデルという“動く仕様書”を使った説明によって意思の疎通も大幅に改善された。
かくして、私たち三立精機のCVT∞制御開発チームは、目標とする性能への設計諸元を効率的に導き、その「確からしさ」を網羅的に検証する評価方法を細かくまとめあげていったのだった(以下、次回に続く)。
JMAAB/今さら聞けないMBD委員会
JMAABのWebサイト http://jmaab.mathworks.jp/
モデルベース開発(MBD)を発展させるべく、自動車メーカーとサプライヤからなる団体『JMAAB』は13年前(2001年)に生まれました。このJMAABの10周年記念において、「MBDを分かりやすく伝えたい」という目的で発足したのが『いまさら聞けないMBD委員会』です。委員会メンバーが所属する10社でMBDを推進してきたエンジニアが協力し、これまでの経験や将来の夢を伝えるべく推敲を重ね、本連載は完成しました。皆さまのモノづくりの一助となれば幸いです。
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