次に外せない影響因子は「顧客が必要と感じる」ニーズでしょう。今までできなかったことができるようになることで、生活や仕事が便利になる。つまり「TRIZの進化の法則」なら、「理想性増加の法則」といえるのではないでしょうか。
「きれいな写真を撮りたい」というニーズに対して、これまでは大型の一眼レフカメラしかありませんでした。それがデジタル一眼レフに進化することでフィルムがいらなくなりました。そして今では「ミラーレス一眼レフ」が登場して、とてもコンパクトなカメラで、驚くほど美しい写真が気軽に撮れるようになりました。
3つ目は、「環境因子」ともいえるものですね。やわらかい言い方をすれば「エコ」や「サステナビリティ」という普遍的な因子です。
これは、TRIZの進化の法則では「エネルギー伝達の法則(効率性の改善)」にも当てはまるものですね。昨今の震災の影響で電力事情がひっ迫したために扇風機が再度普及しました。自動車でも、「低燃費」や「ハイブリッド化」などでできるだけ化石エネルギーの使用を減らして地球への負担を減らすための商品に注目が集まるようになりました。これらは爆発的なヒットにはなりにくいですが、長い目で見ればヒットの1つのトレンドになっていると私は考えています。
4つ目は、先に述べた「口コミ」、つまり「他人の経験を自分の経験に置き換えたい」という思いではないでしょうか。
かつては「好きな芸能人が持っているものを私も持ちたい」という消費者の思いが商品をヒットさせました。今なら、カリスマ消費者のツイートを見た消費者が、それを持つことが「かっこいい」「クールだ」といった印象を持ち、それが商品をヒットさせるということですね。
現状では、例えばiPhoneのように、カリスマ消費者ではなくニッチユーザーが商品の使い勝手のよさをアピールすることで、爆発的にヒットするということもあります。これは、商品のデザインの洗練さや操作性などの機能の魅力がヒットの源泉でしょう。逆にいえば、その機能性のよさを顧客経験としてうまく「口コミ」に乗せられれば、その商品はヒットする確率が上がるといえますね。それが、今回お話しするコンセプトマイニングを活用した顧客体験価値の創造のテーマへとつながっていくわけです。
商品開発において、あるアイデアを商品化するときの阻害要因を、「死の谷」あるいは「ダーウィンの海」と呼ぶことがあります。これは企業内部の商品開発プロセスだけではなく、市場に出してからのマーケティングプロセスにおいても使うことができます。ジェフリー・ムーアが著書「キャズム」で示した概念はまさにそれです。
市場に出されたハイテク新商品は、まず「イノベーター」や「アーリーアダプター」が構成する初期市場で受け入れられることが多いのですが、その後の「アーリーマジョリティー」や「レイトマジョリティー」によって構成されるメインストリーム市場で受け入れられるかどうかは分かりません。その間に存在する溝のことは「キャズム」といわれます。それを乗り越えるためには、商品投入時にアーリーマジョリティーへの対策も考えておくべきだというのが「キャズム理論」です(各用語については図4)。
企業が世の中に生み出した商品は、基本的に全て「ヒット」を狙っているはずです。それも、できれば大きなものを……。しかしなかなかヒットに結び付かない。それは、アーリーマジョリティーに位置する多くの消費者が持っている特徴の1つに対する視点が抜けているのではないでしょうか?
例えばアーリーマジョリティーは、他のアーリーマジョリティーが使用している商品なら、安心して使う傾向があるそうです。つまり、そこにはすでに矛盾をはらんでいますね。この矛盾を克服する対策が事前に必要なわけです。
「アーリーマジョリティーの一部にアーリーアダプターの役割を担ってもらうには?」「逆に、アーリーアダプターの使用経験をアーリーマジョリティーに理解してもらうには?」 ――ここでは、そういったアイデアを生み出すことが商品企画の大切な要素になります。つまり、商品企画においてもマーケット調査や分析だけではなく、その対策としてのアイデアが求められるのが現実です。そして対策とは、消費者の個別な属性だけではなく、市場をマスとしてとらえた場合のプロモーションも求められていると筆者は感じます。
さて、ここまで見てきて「ヒット商品」の要件が少し明らかになってきました。ヒット商品は、少なくとも以下の5つの要件を満たしていることが必要になりそうです。
もちろん、この他にもいろいろありそうですし、あくまでも必要条件であって、その他の政治的な要因や環境的な要因を受けて変化することもあるでしょう。しかし、これら5つの視点で商品企画を考えれば、これからのヒット商品を生み出す確率が高くなるでしょう。
そしてこれら5つの視点は、「良い品質」という視点の変化も感じさせます。従来、良い品質とは「丈夫で長持ち」「かゆいところに手が届く」的なものでした。今ではそれに加えて、「魅力的である」「コストパフォーマンスがよくて、お得感が高い」などが加わったといわれています。
特に「魅力的である」には、見た目の魅力もさることながら、使ってみて「これはよい!」といった魅力も含まれています。つまり、魅力品質とは「感動品質」と言い換えてもいいのかもしれません。
「この商品を使ってみることでどうなるのか?」、さらには「使ってみた結果(経験)、自分の期待する『価値感』を上回ったのか?」といった視点をあらかじめ企画時に議論して盛り込んでおくための方法論が、次回から具体的にお話しする「コンセプトマイニングとQFDを使った顧客体験価値の創造」の方法です。(次回に続く)
桑原 正浩(くわはら まさひろ)
熊本県生まれ。1985年鹿児島大学卒業。KYB(カヤバ工業)株式会社、オムロン株式会社で研究開発や商品開発に勤務後、技術問題解決コンサルタントとして独立。現在は、株式会社アイデア、コンサルティングセンター長。実務型TRIZコンサルタントとして、国内外企業の技術開発テーマの創造的問題解決のコンサルティングに携わる一方、大学や産業振興財団の中小企業支援育成事業、日科技連の次世代TQM構築PJなどでも活躍中。「TRIZで日本の製造業を元気にする」が合言葉。
著作物に「効率的に発明する:ロジカルアイデア発想法TRIZ」(SMBC出版)、「使えるTRIZ」(日刊工業新聞社「機械設計」連載)、韓国では「TRIZによる論理的問題解決:アイデアレシピ」(韓国能率協会出版)がある。ブログ「TRIZコンサルの発明的日常閑話」
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