これだけの自動化を徹底するには、設計・製造の片手間では到底かなわない。山形カシオでは、自動化システムの開発や運用を担当する部署を別途編成。その担当者には、同社で設計や生産現場を経験した技術者を登用した。
その部署の人員は、生産現場のそばの事務所で執務しており、技術者たちの要望や、現場で起きるトラブルにすぐ対処できるような体制になっている。自動化システムを担当するのも、元現場技術者なので、意思の疎通もスムーズだ。
生産現場も、自動化システムの事務所も、見渡すと、比較的若手の社員が目立った。
山形カシオは、地元山形では人気企業だ。新卒応募の競争倍率も非常に高い。厳しい競争を勝ち抜いて入社してきた新卒社員たちが、まず取り組むのは、擬似的な製品開発だ。擬似的といっても、企画から設計、生産、梱包、取り扱い説明書まで自分たちだけで作り上げるという結構本格的なプロジェクトだ。2011年度入社からは、筐体だけではなく電子基板設計も課題に加わり、プロジェクトはより複雑になった。
このプロジェクトは2005年から実施し続けているが、この研修を経てきた世代は、他の世代と“明らかに違う”という。
楽しみながらも、苦しんでもがいて、ときに挫折しそうになって泣きながら、製品作りの最初から最後までを経験することで、本配属される頃には製品作りのための俯瞰(ふかん)した知識を浅いながらも体得している。そのせいか、以後の実務習得もしやすくなっているようだ。
研修中は、若手社員の一部がチューターとなり、新入社員の相談に応じる体制にしている。新入社員が、多忙を極める現場の先輩社員に基本的な知識について教えを仰ぐのは、容易なことではないし、気も使う。そこでは、現場でのコミュニケーションスキルの基礎も身に付く。
特筆すべきは、困難を乗り越えた仲間たちの結束が固いからなのか、その世代の早期の退職率が低いことだ。モノづくりの現場では新人の定着に悩むことが多い。企業の事情や規模にもよるので、山形カシオと同様の新人研修を実施するのは難しいかもしれないが、この取り組みから学び、自社に合った教育をアレンジすることは可能ではないだろうか。
同社の金型設計・製造のデジタル化は、彼らへの技術伝承でも一役買っている。設計が徹底的に標準化され、しかもそれらが全て3次元化されているので、新人技術者であっても、設計内容を直感的に検索・把握がしやすい。
しかし、そのようなデジタルデータだけでは伝わらない情報が多くある。同社では、新人には上記のような研修を体験させたり、中堅社員にも技能研修の受講や検定習得を推奨したりして、アナログな技術と感性の育成、「自動化しない2割」の技術伝承を図っている。
記者が山形カシオの門をくぐると、敷地内の小道をもそもそとうろつく1匹のウサギに遭遇した。しかし、なぜウサギが……。もしや、社員ウサギなのか。カシオウサギか。
数年前に突如、敷地内に現れたらしいが、どこから来たのかは全く不明。まるまると太ったこの子は「ハルミ」と名付けられ、多忙な社員たちの心を癒してきた。残念ながら、取材して数日後に亡くなってしまい、この写真は遺影となってしまった。このところ激しかった気候の変化のせいだろうか。合掌。
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