効率と収益性を考慮した開発体制に向かう自動車メーカーの動向から、設計・製造を貫くエンジニアリングチェーン改革について考える。
本稿で紹介しているイベントは2012年3月6日17時に終了いたしました。本稿では当時のもようをお楽しみください。
先に井上久男氏に寄稿いただいた記事「先手を打ったマツダの製造業革命――真の“コンカレントエンジニアリング”がもたらす新しい価値」では、マツダが開発した「スカイアクティブ」エンジンが設計上、いかに優れたものであるかを紹介した。この記事は井上氏が独自に取材し、まとめたものだ。
ここでいう「優れた」とは、単に機構設計やそれに伴う燃費効率が優れているというだけではない。製造工程を考慮した効率化、ひいては業績そのものを向上させるキャッシュフロー改善をも含めた改革を、設計図面の中で実現しているという意味を含めた優秀さである。
車種ごとに、例えば同一排気量クラスの中で最も効率のよいエンジン設計といった個別のアピールポイントを備えている車両は幾つもあるだろう。あるものは車体軽量化による燃費向上を狙い、あるものは燃焼効率を高めるためのエンジン機構設計そのものに注力しているかもしれない。いずれもそれぞれに魅力的な長所を打ち出している。グローバルで同一車種が100万台以上さばける見込みがあれば、単一の車種で全ての開発費を賄っておつりがくるのかもしれない。しかし、縮小傾向にある国内市場をみると、こうした大量生産・大量販売方式を前提とした個別開発スタイルでは売り上げの見込みが立てにくくなっているのは自明と言わざるを得ない。
新車両の開発そのものも、短期化が進んでいる。例えば、日産自動車は2011年6月27日に発表した新しい中期経営計画「NISSAN POWER 88」の中で、平均して6週間ごとに新車種を投入するとしている。
新しい車両を販売するためには認可を受ける必要がある。そのために必要なデータ収集や評価に関する要求は、年々厳しくなってきている。つまり、車両完成後に必要な評価期間や手続き自体にかかる時間は変わらないか、長期化しているわけだ。スクラッチから開発して新車種を投入するような従来型の非効率な開発体制では、都度、製品の評価を行い書類を整備しなくてはならず、どこかで差し戻しが発生すれば設計変更などのリスクの大きな手戻りが発生することになる。この方法では、短期間での計画的な新車種投入は難しい。恐らく日産も何らかの形で設計・評価などの技術部門起点の効率化策を進めていると考えられる。
では、どのような効率化を行っているのか。先の記事ではマツダが車種を超えて展開できるたった1つの仕組みを作り上げたことを紹介した。結果として製造ラインを効率化でき、かつ、複雑になりがちな制御系のソフトウェアコード自体も1つに集約することに成功している。シンプルな仕組みを用意できれば、それだけ、開発にかけていた時間を品質面に向けることができる。
日産では量産車種のプラットフォーム共通化を推進している。現在は「マーチ」「サニー(ヴァーサセダン)」が共通の「Vプラットフォーム」を採用しており、2010年度段階の生産台数は13万台。同社の2016年年度末までの中期経営計画「NISSAN POWER 88」では、さらにもう1車種を同プラットフォームに乗せ、100万台規模に拡大していくとしている。
このほかにも自動車大手各社は、プラットフォーム共通化による効率化は実現しつつあるようだ。米フォード・モーターも2013年までに一定のプラットフォーム共通化を目指しているし(全車種の85%を9つのプラットフォームに集約)、ゼネラル・モーターズは2018年度までにプラットフォーム数を半減させるという*。
モジュラ設計で先行する独フォルクスワーゲンは次期プラットフォーム「MQB」(モジュラー・トランスバース・マトリクス)を複数車種に展開する構想を示している*。多様なパワーユニットに対して1つのプラットフォームで対応できる点が特徴のようだ。
先の記事で井上氏がレポートしたように、マツダはエンジンの設計を排気量によらず、共通化し、生産効率を高めている。マツダでは、主要部品の基本構造そのものも統一することで製造コスト削減を目指していくという。直近の状況としては、苦境にあるように見られがちではあるが、この設計・製造のエンジニアリングチェーンの大規模な効率化は数年後の同社の業績に大きく貢献するものになるだろう。
大手自動車メーカー各社が足並みをそろえてエンジニアリングチェーン改革に進むこの動きは、やがて周辺の企業にも波及していくだろう。そのとき、読者の皆さんはどう判断し、行動するだろうか。
*日本経済新聞2012年1月24日朝刊
**『VW、新型プラットフォーム発表…次期 ゴルフ など採用へ』(レスポンス 2012年2月2日)。なお、「MQB」はドイツ語(Modularer Querbaukasten)の略、英語ではModular Transverse Matrixと称する。
「モノづくりIT EXPO2012」(開催概要)において、編集部が企画した講演動画にご出演いただいた日野三十四氏はモジュラ設計研究の第一人者だ。フォルクスワーゲンにモジュラ設計のアイデアを示したことは講演でも言及があったが、日野氏の研究を知り、すぐに問い合わせをしてきた企業がある。電子機器メーカー大手サムスンだ。
具体的には言及できないが筆者自身が業務上やりとりをさせていただいている技術者の方々のからも、同様に何の面識もない段階でいきなり技術トップから連絡を受けたというエピソードを聞いたことがある。突然連絡が来て、最新の技術や手法についてレクチャーしてほしい、というのだ。また、あるケースでは発表した論文に対して技術提携のオファーがあったこともあるそうだ。日本語で発表したニッチな分野の論文に対してさえ貪欲に問い合わせをしてくるという。
技術経営、業務プロセスは、長らく企業のノウハウそのものとして秘匿され、固定化されてきてのではないだろうか。しかし、それに起因する高コスト体質や連携不足は悪しき慣習でしかない。そこには、その「企業らしさ」が集積する一方で、企業内のしがらみにとらわれていることもある。部門やプロジェクトを横断した改革を実現するのは現場の力ではなく、トップの決断が必要だ。
トップレベルでの適切な判断には、前提となる知識、情報が不可欠。この講演は開発のリーダー、部門トップの方々に聴講していただきたい内容だ。
主催 | ITmedia EXPO 実行委員会 |
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会期 | 2012/2/14〜2012/3/6 |
企画 | @IT MONOist、EE Times Japan、EDN Japan |
協力 | ITmediaエグゼクティブ |
後援 | 経済産業省 |
メディアスポンサー | 東洋経済オンライン、キャデナス・ウェブ・ツー・キャド、産業Navi、週刊BCN、COMPUTERWORLD |
同時開催EXPO | スマートテクノロジー EXPO、次世代エンベデッドEXPO |
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