本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。最終回となる第5回は、日々の伴走事例から見えてきた「変革実現のポイント」ついて取り上げる。
生成AI(人工知能)の台頭と技術革新の加速により、製造業の競争軸として「いかにデータを活用し、付加価値を生み出せるか」の重要性が高まっています。しかし、依然として非構造化データや紙ベースの情報が多く、異なる部門間でのデータ共有や業務の変革を促すレベルでの活用は困難な状況です。
さらに、地政学リスク、サプライチェーンの不安定化、環境規制の強化など、グローバル経済の不確実性が高まり、製造業に求められる柔軟性と俊敏性は、かつてないほど重要になっています。競争力を維持/強化するためには、「PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)」の実現が不可欠です。本連載では、データ活用の課題を整理し、PLM実現に向けたアプローチを探ります。
全5回の本連載も、いよいよ最終回となりました。第1回ではPLMというコンセプトを取り上げ、第2回ではその実現に向けた3つの壁(組織/データ/経営)について説明しました。そして、データの壁に対する処方箋としてSoI(System of Insight)にフォーカスし、第3回では経営/業務の視点から、第4回ではシステムの視点から解説してきました。
最終回となる今回は、日々の伴走事例から見えてきた変革実現のポイントについてご紹介します。
製造業の方々といざ取り組みを開始するに当たり、「この変革はトップダウンで進めるべきか、それとも現場主導のボトムアップが有効か」という問いに直面することが、たびたびあります。多くの企業でこの問いが議論される背景には、過去に行われた改革がうまくいかなかった経験や、現場と経営層との意識のギャップが影を落としている場合が少なくありません。
私たちの伴走経験を通じて明確になってきたのは、「トップダウンか、ボトムアップか」という二項対立では、本質的な変革には至らないという事実です。成功している企業は、トップと現場を行き来しながら、実態を伴った変化を生み出しています。
このような取り組みを加速させるアプローチを、キャディでは「ダブルループ」と呼んでおり、本連載の締めくくりとしてその内容をご紹介します。
トップダウンとボトムアップの双方が必要であると考える理由は、それぞれが果たすべき役割を担っており、どちらも欠かすことができないからです。
PLMというコンセプトの実現も同様で、まさにトップと現場を行き来しながら構築していくことに他なりません。変革の原動力は人です。その人を動かすのは、経営層の本気と現場の熱意の掛け算です。そうした確信を、これまでの多くのお客さま支援の経験から得ています。
一方で、PLMをソフトウェアの導入や業務プロセスの整備といった「手段」と混同し、システムを導入すれば変革が完了すると誤解しているケースも少なくありません。しかし、私たちが支援の現場で繰り返し実感しているのは、PLMとは本質的に「文化」であるということです。
この「文化」を根付かせるには、何よりも部門間の壁を越える視座が必要です。設計/製造/品質保証/調達など、それぞれが自部門最適を追求してきた結果、組織はしばしば縦割り構造に陥り、情報が遮断されがちです。
例えば、設計段階で後工程を見据えたフロントローディングを行うには、製造や品質などの下流部門が持つ現場の知見や経験を設計に還流する仕組みが不可欠です。しかし、現実には「誤解を招いたり、漏えいしたりするリスクが高まるのではないか」といった懸念から、データの共有をためらう声もあります。現場のリーダーにとって、このような抵抗が障壁になります。
こうした状況に対して、トップの支援は極めて大きな力を発揮します。「リスクは引き受けるから、成果創出のために情報を共有しよう」という姿勢を示せるかどうかが、変革の成否を大きく左右します。信頼を前提とする文化を育てるには、まず経営が覚悟を示すことが重要です。それが、現場を動かす原動力となるのです。
とはいえ、PLMのような大きな変革は、どうしても中長期的な取り組みとなります。そこで見落としてはならないのが、“短期的な手応えをどう作り出すか”という視点です。なぜなら、長期的なビジョンの下にあっても、変革が現場に何をもたらすのかが早期に見えなければ、目前の既存業務に忙殺され、そうした変革に向けた動きは現場業務の中で後回しにされてしまうからです。次章で、具体的な事例を見ていきます。
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