エンジンという複雑な機構のないEVはモータさえ手に入れれば簡単に作ることができる? それは違いますよ。
2011年度開催の第9回全日本学生フォーミュラ大会について書いた「車を愛すモノづくりコンサルタントの学生フォーミュラレポ」前・後編では触れなかったのですが、この大会では、EV(電気自動車)フォーミュラカーの模擬審査が実施されました。第7・8回大会ではデモ走行は実施されていましたが、公開競技が実施されたのは今年が初めて。審査では、エンジン車と同様に静的・動的審査が行われました。審査に参加したのは、静岡大学、金沢大学、慶應義塾大学、東京大学、静岡理工科大学、岐阜大学の6校でした。
しかし、まだまだエントリー数が少ないため、来年の2012年も今年同様の公開競技とし、第11回以降正式競技になるのではないかといわれています。
残念ながら大会当日は、EVフォーミュラのチームを取材する時間が取れなかったのですが、幸いその後に、出場チームのメンバーと話をする機会が得られました。今回はそのときの話と、今後のEVをめぐるモノづくり業界について私なりの考えや思いを述べていきたいと思います。
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MONOistに学生フォーミュラレポートの前編が掲載され、一息ついていた2011年10月20日、浜松駅前のアクトシティ浜松(静岡県)で開催された「次世代環境車展示会」に出向くと、EVフォーミュラが展示されていました。1台は静岡理工科大学(今回の大会でEV敢闘賞受賞)と静岡大学のマシンです。実は私、静岡理工科大学の非常勤講師、そして静岡大学工学部の客員教授も務めています。
静岡大学のマシンをじっくり眺めていると、1人の若者が近寄ってきてくれました。SUM(Shizuoka University Motors)_EV のキャプテン、平城眞太朗さんです。このマシンはエンジン部門の静岡大学特有のサイドエンジンレイアウト(ドライバーとエンジンが並んだ、非常にオリジナリティに富んだレイアウト)の車体を流用したもので、エンジンが載っていた部分にバッテリーが搭載されています。
2つのモータで後輪を左右独立駆動。バネ下荷重は相当重くなりそうですが、デフは不要ですし、左右のモータの回転数でコーナリング特性も制御できるでしょう。こうやって目の当たりにすると構造のシンプルさと、電子制御でのドライバビリティ向上など、電気自動車の可能性をひしひしと感じます。
平城さんとは20分以上話をしたでしょうか、実はこのEVフォーミュラの根底にも大きな問題があるのです。この静岡大学のマシン「XX-609e」は、パワーソース関連部品であるモータ、バッテリー、コントローラーの全てが「“Not” Made in Japan」(日本製じゃない)なのです。「え? リチウムイオンバッテリーなんて日本のお家芸じゃないの?」と聞いたら……。
「技術漏えいを気にしてか提供してもらえません、ですからリチウムイオンバッテリーは中国のElite Power Solutions製、モータはインドのAGNI MOTORS製、コントローラは中国メーカー Kelly Controls製です。全てネットを通じて購入しました」(平城さん)。
関の解説:AGNI MOTORSは、伝統のマン島TTモータサイクルレースの電動バイククラスで2009年に優勝したマシンのコンストラクターです。欧州では「TTX-GP」という名称で電動モータサイクルレースが盛んに行われています。Kelly ControlsもTTX-GPマシンに供給しています。
――おいおい、日本のメーカーさん、それでいいんですか? 学生フォーミュラと言う素晴らしい実験場で使ってもらわない手はないのでは? 日本のモノづくり企業がこれからのモノづくり人材育成に手を貸さずしてどうするのですか?
そうそう、平城さんは私の学生フォーミュラレポの前編を既にお読みいただいていました。「記事、面白かったです! まさか書いたご本人とお会いできるとは!」と言われて、とても嬉しかったなぁ。
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EVが本格的な実用化に向けて動き出した数年前、「エンジンという複雑な機構のないEVはモータさえ手に入れれば簡単に作ることができるので、参入障壁が相当に低くなる。中小企業の参入のチャンスだ!」とまことしやかに話す評論家さんがいましたが、冗談じゃない。EVは単にパワーソースがエンジンからモータに代わっただけで、車の基本機能「走る、曲がる、止まる」を高い次元で作り込むことなんてそう簡単に出来るわけがありません。
EVだからこそできるドライバビリティ、インホイールモータの独立制御によるVSC(Vehicle Stability Control:車の横滑りなどの不安定挙動を自動的に修正する安全装置)など、新たな技術の可能性は今後、どんどん広がっていくでしょう。しかしそれは、高剛性ボディ、しなやかなサスペンション、的確なハンドリングという「自動車としての基本素養」が出来た上での話です。その意味でも若きエンジニアを「日本で育てる」ために、日本の自動車関連企業は自社の社員教育はもちろんのこと、日本の教育機関への支援を忘れてはならないと思うのです。
関伸一(せき・しんいち) 関ものづくり研究所 代表
専門である機械工学および統計学を基盤として、品質向上を切り口に現場の改善を中心とした業務に携わる。ローランド ディー. ジー. では、改善業務の集大成として考案した「デジタル屋台生産システム」で、大型インクジェットプリンタなどの大規模アセンブリを完全一人完結組み立てを行い、品質/生産性/作業者のモチベーション向上を実現した。ISO9001/14001マネジメントシステムにも精通し、実務改善に寄与するマネジメントシステムの構築に精力的に取り組み、その延長線上として労働安全衛生を含むリスクマネジメントシステムの構築も成し遂げている。
現在、関ものづくり研究所 代表として現場改善のコンサルティングに従事する傍ら、各地の中小企業向けセミナー講師としても活躍。静岡大学、静岡理工科大学、早稲田大学大学院、豊橋技術科学大学で講師として教鞭をにぎる。
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