製造設備のメンテナンスは適切に行われているか? 稼働率だけでなく、トータルでのコスト・利益を考えた設備保全について考える。
鉄道や発電プラントなど、度重なる重要インフラの部品事故。なかには重大インシデントとされるものも少なくない。社会インフラではなくとも、例えば製造現場では、「チョコ停」「ドカ停」と呼ばれるラインの停止が発生することもある。そのたびに、生産量が変動し、出荷計画に狂いが生じるため、この問題に頭を抱えている生産管理担当者も多いことだろう。
@IT MONOistでは設備保全について、日本インフォア・グローバル・ソリューションズ ストラテジック・ソリューションズ・グループ EAM営業部 シニアセールスマネージャ 吉谷淳氏に話を聞いた。
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――設備保全というと、管理向けのソフトウェアが多数出ているが、実際の現場を見ると、あまり情報システムと連携していないイメージが強い。また、拠点ごとにノウハウが異なっていることもよく聞く。
吉谷氏 確かに、設備保全を支援するソフトウェアはいくつも市場に出ている。これらの多くはあくまでも現場の作業や計画を支援する目的のものが多い。特に日本の場合は、現場主導で導入することが多く、熟練した人材がいたとしてもノウハウの横展開は少ないのが現状。結果、各種ツール類も、既存の現場作業を支援する「だけ」のものも少なくない。設備保全マネジメントでできることは、実はもっと広く、事業に大きな影響を与えられるもの。現場主義的なツールでは、設備保全マネジメントのメリットの多くを得られないと考える。せっかく優秀な人材が積み上げた知識が生きていないため、部門ごとのバラツキの原因にもなる。何よりも総合的な管理ができないという問題がある。
例えば、拠点Aで発生した事故について、拠点A内では対策が行われていたのに、後日拠点Bで同じ事故を発生させてしまう、といった致命的な問題を起こすケースも少なくない。企業内部から見ると別の拠点の事情は分からないと言いたいところだが、対外的には同一企業の問題とみなされる。こうした情報連携の不備は企業そのものへの信用にも影響のある問題だ。
原子力発電所の設備管理はどうだろうか。あるいは鉄道車両部品では脱落事故が続発したニュースが話題となったばかりだ。鉄道車両部品のケースでは、今回複数件の事故が発生する1年以上前に、類似の部品脱落が発生している。実際のメンテナンス実施状況は報道されている範囲では不明だが、1例目が発生した際に検査やメンテナンススケジュールの優先度をきちんと高めておけば回避できたかもしれない。
各地の発電設備でも、同様に未検査部品が大量にあったことが知られている。原子力発電プラント全体の機器や部品点数は膨大な数になるが、きちんと検査項目を管理し、検査漏れがないように運用するのが本来の設備保全のあるべき姿だ。点数が多い設備ではとても紙の帳票を駆使して人力で管理できるレベルではない。優先度の高いものだけでなく、それ単体では重大インシデントに至らないような部品であっても適切な優先順位付けとメンテナンスサイクルを守り、最適な作業スケジュールを確定する必要がある。
――現場主導の管理は優秀な人材が育っていなければ失敗するということか。
吉谷氏 紙でも管理は可能だが、多数ある設備や部品のうち、最優先に対応しなければならないものはどれか、後回しにしてもよいが、いつまでに実現しなければならないか、といった情報が曖昧なまま保全計画が進んでしまうケースが少なくない。緊急対応ばかりしているうちに、予期していた別の部品の交換タイミングを過ぎてしまう、などというエピソードは、保全担当者の方なら少なからず持っているはずだ。さらに厄介なのは現場任せにしてしまう場合、こうした人的エラーは別の場所からは見えにくいという点だ。
――それでは集中管理して保全計画を策定し、包括的にリソース配分や作業指示を行う方式が有効ということだろうか。
吉谷氏 統合資産管理(EAM:Enterprise Asset Management)という考え方がある。もともとトップダウンでの管理を重視している米国などでは一般的になりつつあるが、日本ではまだまだその利点や重要性があまり理解されていない。
EAMでは、設備ごとのメンテナンスの重要度を複数の評価指標で評価して順位を計算、安全を維持できる範囲で保全スケジュールを立案する機能を持つ。これを現場基準ではなく、本社レベルで保全計画・管理部門で一括して管理・指示する体制を推奨する。
――EAMの事例ではファイザーのグローバルでの保全計画事例があるが。
吉谷氏 薬品業界の製造設備は非常にシビアに見なければならない世界。調剤が数ミリグラムぶれてしまえば、大事故になる。設備は常に万全の状態で稼働させる必要がある。ファイザーはそれをロジカルに管理することで安全を担保しているといえる。
ファイザーの場合は、グローバルで設備保全の情報を一括管理している。信頼性メンテナンスを実現するため、設備の重要度や、作業結果に基づくバッドアクター評価、原因分析など複数の検討手順を掛け合わせて保全計画を立案・改善しており、結果もフォローしている。こうした仕組みを用意しておけば、帳票の集計などの無駄な作業が不要になる。また、一括した管理体制によって、失敗や経験の横展開がスムーズになる。類似したミスが複数の拠点で発生するといった、企業としては致命的なエラーも発生しにくくなる。
例えば、紙ベースで管理している場合、その報告書が正しいかどうかを判定するのは誰だろうか? 問題が発生したとして、その問題にかかわっている担当者が正しい報告をする保証はあるだろか? 性善説にのっとれば、大丈夫という結論に至るかもしれないが、実際はそうではない。最近の数々の点検漏れの報道を見れば明らかだ。
設備保全情報を一括管理するメリットは他にもある。例えば、最近では企業へのCO2削減要請が厳しくなりつつある。例えば設備のうちでも、使用期間が経過するにつれ、電力効率が落ちるものもある。図は大型冷凍機のケースだが、ある期間を過ぎると、効率が低下していく。電力効率の傾向をグラフ化してみると一目瞭然だ。これはフィルタなどの消耗品の劣化が原因。このケースではメンテナンス頻度を上げることで、電力効率が落ちないように計画を見直すことで、消費電力量を削減し、CO2排出量を減らしている。設備ごとにこうして傾向を把握し、どうすればよいかを指標を勘案しながらロジカルに検討していったケースだ。
このケースでは、消費電力量削減を目的とした調整を行ったが、この部分は例えば部品交換コスト削減、稼働率向上など、さまざまな指標で見てもよい。データが用意されていれば、そこから複数のシナリオをシミュレーションするのに掛かる労力は大きくないはずだ。重要なのは各拠点の保全計画や実績情報がどこからでも確認でき、かつ集約していることだ。
――ファイザーの事例では大規模な投資を行っている印象だ。中堅・中小規模の企業で同様のことは実現するだろうか。
吉谷氏 ファイザーのケースでは設備保全系を見直すことで、財務的にも企業ブランディングにも大きなメリットがあると考え、大規模な投資を行っている。ここまでのケースでなくても、例えば「電子設備台帳」のような、既存帳票の電子化から手を付けても、紙中心の管理から脱却すれば十分に効果を出せるだろう。
日本人は元来、分析やカイゼンの能力には長けている。このようなツールの助けにより、中長期的には欧米以上の効果が期待できるのではないか。
投資規模のいかんに関係なく、総合的に管理できるということが重要だ。計画が明確にあること、それを、安全な計画の中で履行できることが、最低限、企業の信頼や戦略的コスト低減には必要だ。
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本稿では、日本国内の設備保全部門と多数のコンタクトを持つ日本インフォア・グローバル・ソリューションズ ストラテジック・ソリューションズ・グループ EAM営業部 シニアセールスマネージャ 吉谷淳氏に話をうかがった。吉谷氏は日本企業の特徴として、現場が強いことを挙げている。しかし、万一の事態が発生すれば全社的に影響があるものだけに、「今後はより集中管理・トップダウン型で情報共有ができていないとリスク回避やコスト優位性を維持することは難しくなる」とのコメントをいただいた。
本稿が設備保全や管理について考えるきっかけになれば幸いだ。
本稿で取材に応じていただいた吉谷氏の所属する日本インフォアでは、設備保全向け製品「Infor EAM」を提供している。設備のさまざまなパラメータから最適な保全スケジュールを算出し、安全な日程を自動計画する機能を持つ。拠点ごとの状況を統合管理するため、必要があれば拠点担当者が別の拠点の状況を確認することも可能だ。設備の稼働実績の収集・計算も可能なため、本稿で紹介したような消費電力抑制にも活用できるという。
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