次に、実際にATがどのようにして変速を行っているかを見ていきましょう。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、ATの変速制御は、油圧を用いて複雑に組み込まれた油路を介し、選択されたシフトレンジに合わせた変速を行います。
ここで1つ断っておきますが、ATの構造や制御方法は各社各車種によって大きく異なりますので、あくまでも一般的な構造として整備士の教科書に掲載されている構成部品と制御方法を基に簡単に説明します。
筆者より:ATの油圧制御機構はあまりにも複雑であり、ここでどれだけ文章や写真を用いて説明しても理解できるような構造ではありません。先述したように、ここで挙げている例はほんの一例でしかありませんので、テスト勉強のように無理に制御方法を覚えても特に意味がありません。それよりも「考え方や概念」について広く浅く覚えていただくことが、今後のモノづくりなどでの応用として生かせると思います。そういった観点から、詳細な制御方法は割愛しますのでご了承くださいませ。
ATの変速制御を考えるにあたり、まず必要不可欠となるのが「プラネタリギア」です。
プラネタリギアは別名「遊星歯車」とも呼ばれており、
という3つの主要素から構成されています。
これら3要素のうちの1つを入力要素として用いて、そして残り2つのうちのいずれかを回転不能となるよう固定、もしくは入力要素として用いることで、残った1つの要素が出力要素となります。
この時の出力要素の回転方向や変速比は入力&固定として選択した要素によって決まり、さまざまな出力パターンが1つのプラネタリギアによって実現できるのです。特に自動車のATにおいてはエンジンルームのスペースに限りがあることと重量の問題をクリアし、そのうえで多段式ATを実現するためにはプラネタリギアは非常に重要な存在であるといえます。ちなみにニュートラルなどに代表される、エンジンの駆動力をタイヤに伝えたくない状況では要素のいずれかを解放することで中立状態となります。
実際のATにはこのプラネタリギアが2組、3組と組み合わせることで、求められる変速に応じた適切な出力を実現しています。
プラネタリギアへの入力は、エンジンからの動力などが該当します。一般的には中心にあるサンギアへと入力されるわけですが、この時点で前進するか後退するかという選択が必要となりますので、それぞれの回転方向を決定するために油圧で作動するクラッチが用いられます。前進の際に作動するクラッチを「フォワードクラッチ」、後退の際に作動するクラッチを「リバースクラッチ」といい、シフトレバー位置によって油圧が作動します。油圧が作動することでクラッチが圧着し、サンギアの動力を活用できる状態になります。ニュートラルの場合はどのクラッチにも油圧を掛けなければ成り立ちます。
ATにおけるDレンジでは、フォワードクラッチに油圧が掛かることで「前進可能準備が整った」ということになります。ただしプラネタリギアは通常の歯車のように1つの入力(サンギア)があるだけでは出力することができません。要は残りの2つの内でどちらかを「固定」もしくは「入力」を行う必要があります。
このときに用いられるのは主に「ワンウェイクラッチ」や「バンドブレーキ」です。ワンウェイクラッチはエンジンからの動力(正回転)に関しては固定の方向に働き、インターナルギアなどを固定します。インターナルギアを固定した場合はプラネタリキャリアが出力要素となり、キャリアに直結されているアウトプットシャフトによって自動車の駆動力として出力されます。複数個用意されているプラネタリギアのどの要素を固定するかによって変速比が変化しますので、先述した「速度とアクセル開度によるシフトの関係」をベースにして油圧を掛ける部位を選択し、自動的に変速を行います。
ワンウェイクラッチを用いる理由は、単純に固定だけの機能を持たせた機構では、外部からの入力などに影響される部位の場合だと変速機構として成り立たないために、必要に応じて空転させています。
逆にバンドブレーキは外部の入力に左右されない個所で、要素を固定するために使用されています。
参考までに、プラネタリギアにおける回転速度の関係式を記しておきます。
(Zi+Zs)×Nc=Zi×Ni+Zs×Ns
※Zi=インターナルギアの歯数 Zs=サンギアの歯数 Ni=インターナルギアの回転速度、Nc=プラネタリキャリアの回転速度 Ns=サンギアの回転速度
この式を理解して応用するためには現物なしでは不可能だと思います。筆者も現物でいろいろと作動を確認したことがありますが、本当に複雑な動きをしますので応用できるまでには至りませんでした。しかし「プラネタリギアという機構があることで、複数の出力を得ることが可能であること」を頭の片隅に置いておくだけでもいつか役に立つ可能性があります。
このように、ATは油圧によってクラッチを作動させ、さらに速度やアクセル開度に応じて最適なギアを選択します。本来は構成部品全てを列挙し、それぞれの油圧制御の流れを説明する方がAT構造の理解という点では良いかもしれませんが、下の写真に見られるような複雑な油路から容易に想像できるように本当に複雑な制御を行っています。
今回の説明だけではATの全てを理解できるわけではありませんが、プラネタリギアなどに代表されるさまざまな工夫を少しでも吸収し、読者の皆さんの今後の業務などに役立てていただければ幸いに思います。
次回は「CVT」について詳しく解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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