今日の製造業が抱えている根本問題は「大量・見込み生産の体制を残したまま、多品種少量の受注生産に移行しようとしている」ことにある。生産計画を困難にするさまざまな要因を乗り越え、より良い生産計画を実現する方法を検証してみよう。
「よりベターな生産計画を目指して」が、本連載のテーマだ。どうすれば、生産計画とスケジューリングを、顧客満足や利益に結び付けることができるのか? しかも製造現場に無理を強いないで――これこそ、日々、生産管理に苦労している人たちの共通の悩みである。
ところで、生産計画担当者にとって、ある意味で一番困るのは、生産計画に目的(評価尺度)がたくさんあることだ。
このように、いくつも挙げることができる。しかも、これら尺度の間には、あちらを立てればこちらが立たず=トレードオフの関係がしばしば成り立つ。
その典型的な例が、リードタイム短縮と在庫削減であろう。製品在庫をたくさん積めば、どんな注文が入ろうと即納できる。一方、製品在庫も原材料在庫もゼロにすれば、受注してから材料を仕入れるわけだから、リードタイムは非常に長くなってしまう。どちらも、現実には許されない。では、どこかに良いバランス点はあるのだろうか?
そこで、典型的な1つのケースを考えてみたい(これは著者の知っている事例だが、実際とは若干変えてある)。
製造課長A氏はある食品メーカーに勤めている。担当しているのは健康食品だが、ある程度季節性があり、夏に出荷が多い。毎年新製品が増え、多品種化で生産計画のやりくりに苦労している。もっとも新製品といっても内容物は同じで、パッケージの種類が増えるケースがほとんどだ。
A氏はある日、工場長から「製品倉庫がパンクしてきたからもっと在庫を減らせ」と指示を受ける。ところが、直後の製販会議では営業部門長から「この夏は勝負どころだから納期で負けるわけにはいかない。どんどん作りだめしてくれ」と強く依頼された。A氏は“一体どうしろっていうんだ”と頭を抱えた。
ここで少し回り道をして、まず“そもそも論”を考えてみたい。そもそも、在庫はなぜ生じるのか。在庫というものが持つプラスの意義は何だろうか?
在庫は需要変動のために必要だ、というのが最初の答えである。これは特に製品在庫についていえることだろう。気まぐれな市場の動向に追随して品切れを防ぐためには、ある程度のストックを持っておく必要がある。前回「当たらない需要予測とうまく付き合う法」で紹介したように、安全在庫量はリードタイム期間中の需要の変動(標準偏差)に、安全係数(通常1.65〜2.33)を掛けて決めることが多い。
だが、もう一歩踏み込んで考えると、需要予測の精度のぶれが在庫を生む原因と考えることもできる。生産計画を立てている企業(いいかえると「計画生産」をしている会社)は、その出発点として需要の予測がある。予測が完全に当たるなら、在庫は要らないはずであるが、これがなかなか当たらない。だから予測の精度の問題として在庫が生まれるという考え方である。
しかしここでは、さらに「なぜ」を積み重ねてみよう。需要の先読みが当たらないとしても、なぜ在庫が必要なのか。もし工場が即座に製品を作って出荷できれば、在庫は不要なはずである。寿司屋のカウンターに座っていることを考えてみてほしい。寿司職人は次の注文を先読みして、鉄火巻きやイクラを作って在庫しているだろうか? 客の好みは気まぐれだ。だが製品在庫はない。
寿司屋という生産システムは、客の注文に数分以内で応えられる。追随速度が速いのだ。普通の工場では、需要の変化にそこまでの速さではついていけない。つまり、需要変化の速度と、生産システムの追随速度との差を埋めるために、在庫が必要になるのである。上記のケースファイルAでいえば、季節生産の結果として生まれる「作りだめ在庫」も、この一種といっていい。いい換えれば、在庫とは、市場の回転速度と工場の回転速度の差を埋めるギアボックスの「潤滑油」だと思ってほしい。生産計画が、ギアボックスである。
ただし、もう1つ在庫を生む要因がある。それは「間歇(けつ)的生産と連続消費の差」が在庫を生む場合である。工場が、あるロット数で製品を作る。しかし顧客はもっと小口で消費していく。このときも在庫が生じる。ケースファイルAでは、健康食品は調合工程の都合上、数十パレット単位でできてしまう。しかし出荷はパレット単位だ。
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