北中米W杯決勝の舞台となったニューヨークが直面した「複合災害」の健康リスク海外医療技術トレンド(134)(2/3 ページ)

» 2026年08月14日 07時00分 公開
[笹原英司MONOist]

公共空間を活用した猛暑対策で最前線のギグワーカーを支援

 本連載第63回で、ニューヨーク市内の公園を活用した健康/ウェルビーイング推進活動を紹介した。同市では、市公園局が中心となり、夏季の猛暑から市民を守るために展開する、屋外インフラを中心とした市全体の冷却計画である「Cool It! NYC」を策定/運用している(図2参照、関連情報)。

図2 図2 ニューヨーク市の猛暑対策 「Cool It! NYC」[クリックで拡大] 出所:City of New York「Cool It! NYC」(2026年7月31日時点)

 ニューヨーク市は、「HVI(熱脆弱性指数)」という独自の指標を導入し、単に「街全体を冷やす」だけでなく、リスクの高い地域に狙いを絞って木を植え、インフラを整えるという考え方がCool It! NYCの基盤となってきた。加えて、2026年1月1日に新市長に就任したマムダニ氏は、屋外で働くフロントラインワーカーを猛暑から守るため、以下のように、公共空間を活用したCool It! NYC強化策を推進している。

  • 「LinkNYC」(関連情報)との連携(リアルタイム案内):
    市内に2200以上ある街頭端末「LinkNYC」の画面に、現在地から徒歩10分以内にある最寄りのクーリングセンターへのルートが、センターの開閉状況に合わせてリアルタイムで自動表示されるようになる
  • 移動式冷却車両の導入:
    医療スタッフが乗った「COOLバン」が巡回し、路上生活者や高齢者の体調チェック、冷却グッズの配布、センターへの搬送を行う
  • 屋外労働者の保護:
    ギグワーカー(フードデリバリーの配達員、宅配ドライバーなど)やストリートベンダー(キッチンカー含む)、建設労働者などのために、冷水やミストファンを備えたポップアップ型クーリングステーションを市内5大区全てに拡大する

 ニューヨーク市におけるフロントラインワーカーの多くは、移民や低所得層、ギグワーカーが占めており、コロナ禍の時代から、リモートワークが不可能な「現場」で地域経済を支えてきた。そのため市当局は、単に「仕事を継続してもらう対象」として見るだけでなく、行政命令(Executive Order)などを通じて「水/日陰/休憩時間の確保」「クーリングステーションの設置」「トイレ利用権の保障」など、過酷な環境下で働くワーカー自身の安全と人権を守る政策を強化している。

 LinkNYCは、前回紹介したトロントの「ConnectTO」(関連情報)と同様に、都市の公共空間とデジタルを組み合わせた技術である。当初は、Alphabet(Google親会社)傘下のSidewalk Labs、屋外広告大手のIntersection、Qualcomm、Titanなどの異業種コンソーシアムによる民間事業体(CityBridge)としてスタートし、インフラの設置/運営費用を、デジタル広告収入で賄う形態をとっていたが、その後の経営不振により、デジタルインフラファンドが実質的な主導権を握る通信インフラのアセットオペレーターへと事業を転換している。

 トロントでは、同じSidewalk Labsがスマートシティー事業から撤退した後に計画/構築されたConnectTOが、公営/オープンアクセスモデルをベースに、市有資産の有効活用と民間事業者への通信インフラ貸与収益を組み合わせた事業運営を行っている。各ホストシティーを支えるデジタルインフラの事業モデルの動向も、今後注目される。

米国肺協会は猛暑と気候変動による「二重の健康リスク」を指摘

 猛暑対策に関連して、米国肺協会(ALA:American Lung Association)が2026年6月18日、「FIFAの選手とファンが直面する猛暑と健康の脅威」と題するブログ記事を公開した(図3参照、関連情報)。

図3 図3 米国肺協会「FIFAの選手とファンが直面する猛暑と健康の脅威」(2026年6月18日)[クリックで拡大] 出所:American Lung Association (ALA)「The Heat and Health Dangers Facing FIFA Athletes (and Fans)」(2026年6月18日)

 FIFAワールドカップ2026は、夏季の記録的な猛暑(Extreme Heat)と、気候変動によって深刻化する大気汚染という「二重の健康リスク」の中で行われる。米国肺協会は、サッカーという激しいスポーツの性質上、ピッチに立つアスリートだけでなく、スタジアムや屋外のファンゾーンに詰めかける何百万人もの観客にとっても、呼吸器や心血管系への脅威が懸念される点を指摘している。

 プロのサッカーアスリートは、90分以上の試合中に高強度なスプリントを繰り返す。このような極限の状況下で猛暑にさらされると、以下のようなリスクが急増する。

  • 熱中症と脱水症:激しい運動による代謝熱と環境熱が相まって深部体温が上昇し、熱疲労や命に関わる熱射病を引き起こす
  • 大気汚染物質の吸入:猛暑の日は地上レベルのオゾン濃度が高くなりやすく、さらに山火事などによる微小粒子状物質(PM2.5)が飛来するリスクもある。アスリートは運動中に呼吸量(換気量)が通常の最大数倍から10倍近くまで増加し、口呼吸にもなるため、汚染物質が肺の奥深くまで直接取り込まれ、肺機能の低下やぜんそく発作、気道炎症を引き起こす

 さらに、健康リスクは選手だけにとどまらない。直射日光にさらされるスタジアムの座席や、コンクリートに囲まれた屋外のファンゾーンは、周囲より高温になる「ヒートアイランド現象」が発生しやすい。このようなことから、ファンの間でも、以下のようなリスクが急増する。

  • 脆弱(ぜいじゃく)な層への影響:観客の中には高齢者や子ども、あるいはぜんそくや慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心臓病などの基礎疾患を持つ人々が含まれており、猛暑と汚染された空気の組み合わせによって救急搬送されるリスクが跳ね上がる
  • 過度の興奮とアルコール:試合の興奮による心拍数の上昇に加え、アルコールの摂取は脱水を急激に進行させ、熱中症の自覚症状を遅らせる原因となる

 米国肺協会は、大会組織委員会や地方自治体、そして個人に対して以下のような多層的な防御策を求めている。

  • FIFA/主催者側に対して:リアルタイムの空気質指数(AQI)や熱ストレス指数(WBGT)の厳格なモニタリング、スタジアム内への冷却ファンやミスト散布機の設置、十分な給水ブレイク(クーリングブレイク)の確保、そして状況に応じた試合時間の調整(夜間へのシフト)
  • ファン個人に対して:基礎疾患がある人は事前に、無料の緊急通知アプリ(Notify NYCなど)や予報を確認し、空気質が悪い日や酷暑の日は、エアコンと空気清浄機が完備された屋内の「クリーンエアスペース」や自宅からのテレビ観戦に切り替える勇気を持つこと。屋外にいる場合は、KN95/N95マスクを常備し、アルコールではなく水や電解質飲料で頻繁に水分を補給することが推奨される

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