AIがデジタル空間を超えて物理世界に踏み出す「フィジカルAI」の時代に入り、ロボットを開発する上での「安全性」をどのように定義し直すべきかが問われている。
AI(人工知能)がデジタル空間を超えて物理世界に踏み出す「フィジカルAI」。その時代が本格的に到来し、ロボティクス業界の地図を急速に塗り替えつつある。空港でのヒューマノイドの実証実験、工場や倉庫で稼働する自律移動ロボット、医療/介護分野で人を支援するロボットなど、その活用領域は急速に広がっている。
日本でもフィジカルAIは国家レベルの成長分野として位置付けられている。内閣府/経済産業省の「AI・半導体ワーキンググループ」は、AIロボティクスを中心とするフィジカルAI市場が2040年に約60兆円規模へ拡大すると予測している。一方で、人口減少に伴う就業者数の減少が見込まれる中、経済産業省は、AI/ロボットなどの利活用による労働需要の効率化を前提とすることで、大きな労働力不足は回避できるとの将来像を示している。労働力制約への対応と産業競争力の維持という2つの課題が、フィジカルAIへの期待を押し上げている。
筆者が所属するQNXは、日本を含む世界のロボット開発者1000人を対象とするグローバル調査「Inside the Robot:ロボットアーキテクチャの実態調査」(2026年)を実施した。これによると、日本の回答者の91%がフィジカルAIについて「今後3〜5年で戦略的に重要」になると回答した。一方で、フィジカルAIがセーフティクリティカルな環境で一貫した判断を下せることについては、28%が「あまり自信がない」「まったく自信がない」と回答しており、世界平均11%を大きく上回っている。この結果は、日本企業がAIそのものではなく、「AIをどう安全に動かすか」を重視していることを示している。フィジカルAI時代において、安全性はもはや後付けの機能ではない。
日本の産業競争力に直結する状況に対処するには、まず、フィジカルAI時代の「安全性」をどう定義し直すべきかを問う必要があるだろう。
フィジカルAI時代の到来を理解する上で重要なのが、「安全確保のための隔離」から「人と協働する環境」への移行である。市街地の歩道を走る配送ロボットなどがその実例だ。かつてロボットは、工場の特定の場所に固定され、動きも事前定義された作業を繰り返すだけだった。しかし今、ロボットは変化し続ける環境の中で、人間と同じ空間で作業するようになっている。不確実かつ大きく変化する環境の中で、一貫して信頼できる判断ができること。それが基礎的な要件として求められる世界へと、ロボティクスは根本から変わった。
経済産業省が2025年8月に立ち上げたAIロボティクス検討会は、医療/物流/建設/農業など幅広い分野での多用途ロボット市場が2030年頃を境に急拡大すると指摘した。また、三菱総合研究所の推計では、国内サービスロボット市場は2030年に約1.3兆円、2050年には約4兆円規模にまで膨らむ見通しだ。
こうした変化によって、ロボティクスが何十年も依存してきた「環境を機械に合わせて制御する」という安全性の前提は通用しなくなっている。生活空間や市街地の路上など、構造化されていない環境では、不確実性が常につきまとう。人の振る舞い、物体の動き、照明の変化など、予測することが難しく、経路が前触れもなく遮られる可能性もある。そうした不確実性に対し、ロボットは状況を解釈してリアルタイムで判断し、対処することが求められる。そして、計画通りに進まない場合には方向を変える必要がある。これを実現するには、機械的な精度を追求するだけでは不十分だ。ロボットの安全性を支える要素は、もはや機械的な精度や隔離設備だけではない。環境を認識し、人間や周囲の状況を理解し、変化に適応しながら安全に行動できる能力そのものが、安全性の新たな基盤になりつつある。
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