イチから全部作ってみよう(36)技術者の「まぁ、いいか」が社会に与える重大影響山浦恒央の“くみこみ”な話(205)(1/3 ページ)

ソフトウェア開発の全工程を学ぶ新シリーズ「イチから全部作ってみよう」。第36回は、「箸休め回」として、ディーゼルゲートと「737MAX」の不祥事例から、エンジニアの日常的な判断や倫理観が社会に与えるシリアスな影響について取り上げる。

» 2026年09月16日 08時00分 公開

1.はじめに

 山浦恒央の“くみこみ”な話の連載第170回から、入門者をターゲットとして、「イチから全部作ってみよう」というシリーズを始めました。このシリーズでは、多岐にわたるソフトウェア開発の最初から最後まで、すなわち、要求仕様の定義、設計書の作成、コーディング、デバッグ、テスト、保守までの「開発フェーズ」の全プロセスを具体的に理解、経験することを目的にしています。

 興味がある方は、連載第170回からのバックナンバーをご覧ください。

⇒連載「山浦恒央の“くみこみ”な話」バックナンバー

 前回までで、ECサイトのデータ構造の定義が終わり、基本設計がおおよそ終わりました。次のフェーズに行く前に、今回は「箸休め回」として、昨今、ニュースが取り上げる企業の不祥事(例えば、原子力発電所のデータ隠蔽(いんぺい))が話題になったことから、エンジニアの日常的な判断や倫理観が社会に与えるシリアスな影響について取り上げます。

2.「まあ、いいか」は非常に危険

 今回取り上げる話は、小難しい哲学的な話ではなく、次のような日々のちょっとした判断の話です。

  • 「このバグ、再現条件が限定されているから、このままでも、いいか」
  • 「この仕様はおかしいけど、自分の責任じゃないから言われた通り実装しよう」
  • 「今さら、これを問題にすると、プロジェクトが止まるので声をあげるのはやめよう」

 こうした判断を誰もが「まあ、いいか」で済ませることがあります。「問題だと認識していながら、見ないふりをする」は、非常に危険です。

 今回は、実際に起こった2つの有名な不祥事の事例を取り上げます。これらの事例から、普段行っている「まあ、いいか」と判断した先に何が起こるのか、自分がそのようなプロジェクトに参画したらどうするかを考えるきっかけにしていただきたいと思います。

3.事例(1)フォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件

 2015年、ドイツを代表する名門自動車メーカー、フォルクスワーゲン(Volkswagen)のディーゼル車において、大規模な不正(通称:ディーゼルゲート)が発覚しました※1)

※1)この「ゲート」という言葉は、1970年代の米国で起きた「ウオーターゲート事件(大統領のリチャード・ニクソン氏の指揮で、ウオーターゲートビルに盗聴器を仕掛けた事件)」に由来し、現在では大きな不祥事やスキャンダルを表す言葉として使われています。

 問題になったのは、内蔵したコンピュータの中で「通常走行時」と「試験モード」を判定し、排出ガス量を変更するソフトウェアが搭載してあったことです。

 試験モードの時は「優等生」の仮面を被って「クリーンモード」となり、有害な窒素酸化物ガスの排出量を減らす意図的で悪質なソフトウェアです。ハンドル操作の有無、走行パターン、ブレーキの使用、速度の変化など、複数の条件を総合的に判断し、排気ガス試験を乗り越えていました。この「試験モード」の判定は、試験をする各国の試験パターンを精密に分析/判断する本格的な不正ソフトウェアでした。これによって、試験モードではない通常走行時は、基準値の最大40倍もの窒素酸化物を排出していたとの報告があります。

 日本の技術者には、フォルクスワーゲンという企業がエンジニアリングの最高到達点にあるとの認識があり、非常に高い倫理性を備えていると思っていました。実際は、同社が大きなプロジェクトを組織して、「真面目に」不正プログラムを作っており、巨大な衝撃を与えました。不正ソフトウェアを作る工数、期間、熱意をなぜ、本来の設計に投入しなかったのかと思います。同社の経営陣は厳しい刑事訴追を受け、今でも裁判は続いています。

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