講演後半では、現場サイエンティストとして活動するモノづくりDX技術部 現場サイエンティスト育成グループの岡本宗晃氏が登壇し、実践例を紹介した。
岡本氏は2001年にヤマハ発動機へ入社し、20年以上塗装工程に携わってきた。DXの専門家ではない。岡本氏は「私はもともと現場の人間で、DXも最初は全く分からなかった」と話す。現在は、現場の困りごとを解決するためにDXを活用する立場として活動している。
対象となったのは、自ら働いていた塗装工場だった。設備停止が発生すると、従来は止まってから原因を調べる「事後対応」が当たり前だった。そこで、設備の状態を継続的にデータ化し、異常の兆候を早い段階で把握する仕組みを構築した。
まず現場のロスを洗い出し、理想とのギャップを整理する。その上で、本当に必要なデータだけを取得し、改善へつなげる。実際、ポンプの異常を事前に検知し、予知保全につなげる成果も得られた。
「DXは目的ではなく、目的を達成するための手段。これまでは設備が止まってから対応していた。今ではデータを見て状況を判断し、自分たちでアクションを考えられる職場になりつつある」(岡本氏)
改善によって生まれた時間は、さらなる改善活動へ投資される。その好循環が現場へ根付き始めているという。
岡本氏の発表を受け、茨木氏は「閾値を自分たちで決められることが重要」と補足した。どこまでが正常で、どこから異常なのか。それはAIだけでは決められない。現場を知る人がデータを見て判断するからこそ意味がある。
ヤマハ発動機では、この取り組みを社内だけにとどめず、取引先企業にも広げている。協力会社の技術者を約3カ月受け入れ、一緒に課題を解決する活動も進めているほか、現場経験を起点に新たな価値創造を目指す研究/人材育成機関「テミル:ラボ」を設立し、知見の共有も進めている。
講演の最後に茨木氏は、仕事の本質についてこう語った。
「人間は必ず好奇心を持っている。『これは、こうじゃないか』という好奇心があるから、仕事は楽しくなる」
製造DXとは、AIを導入することでも、データを集めることでもない。現場に眠る暗黙知をデータによって検証できるようにし、人が自ら仮説を立て、考え、改善を続けられる環境をつくること。そのための人材を育てることこそが、ヤマハ発動機の考えるDXの核心である。
そして、その先に目指す姿は明確だ。不良が発生してから原因を追い掛ける「過去の後始末」の時間を減らし、人材育成や新たな良品条件の探索といった「未来を創る時間」を増やしていくこと。現場サイエンティストは、その時間シフトを実現するための主役として、これからの製造現場を支えていく。
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