ここからは、テスラにおけるEV開発と工場建設の推移について、時代を追って見ていく。まずは、同社が最初に開発したEVであるテスラロードスターを紹介する。
テスラは、2003年7月にマーティン・エバーハード氏とマーク・ターペニング氏が米国大西洋岸中部のデラウェア州にテスラモーターズとして設立し、カリフォルニア州サンカルロスを拠点として実質的に活動を開始した。両氏は、以下の2つの出来事に強い衝撃を受けた。
※3)AC Propulsion tzero(交流推進 tZero)とは、1990年代に米国のAC Propulsionが開発した手作りの電動スポーツカーであり、テスラロードスターの直接的な原型となったクルマ。高性能な電動パワートレインとリチウムイオン電池の可能性を世界で初めて実証し、テスラ創業者たちに強い衝撃を与えた存在。
製造時期:1996〜2003年(試作のみ)。製造台数:わずか3台。車体:ケブラー+カーボンファイバー製の軽量ボディー。レイアウト:リアミッドシップ/後輪駆動。ベース車:Piontek Sportech(キットカー)。初期モデル(鉛蓄電池)の性能は、0〜60mph:4.07秒。最高時速:140km(単速ギアの制限)。航続距離:90〜120マイル(140〜190km)。2003年モデル(リチウムイオン電池に換装)の性能は、航続距離:300マイル(480km)以上。0〜60mph:3.6秒。車重:約230kg軽量化。これは当時のガソリンスポーツカーをしのぐ性能であり、「EVでもスーパーカーになれる」ことを世界で初めて証明した。
このクルマの技術的特徴は、AC-150ドライブトレイン(単速ギア、9:1)。回生ブレーキの高度制御(横滑り防止まで実装)。車車間給電(V2V)やV2Gの実験機能を搭載した個体も存在。軽量スペースフレーム構造。AC Propulsionは、GM EV1の電動システムにも関与した技術者が創業しており、tzeroはその技術の集大成。
マーティン・エバーハードはtzeroを試乗し「これを量産すれば世界が変わる」と確信した。テスラのCTOとなるJ・B・ストラウベルが、tzeroのリチウムイオン電池版をイーロン・マスクに紹介したところ、マスクは試乗して衝撃を受けた。マスクはAC Propulsionに「量産すべきだ」と提案したが、AC Propulsionは量産に興味を示さなかった。その結果、エバーハードとマスクは自分たちで会社を作る決断をし、テスラが誕生した。つまり、tzeroはテスラロードスターの“直接の祖先”であり、テスラ創業の引き金となった。
なぜ量産されなかったのか? その理由は、主に次の3つが挙げられる。(1)車体が手作りでコストが高すぎた。(2)AC Propulsionは小規模研究会社であり、量産体制を持たなかった。(3)商業化より技術開発を優先していた
エバーハード氏は「高性能と環境性能は両立できる」という信念を持ち、“自動車メーカーであり、同時にテクノロジー企業である会社”を作ると決意した。
両氏は、資金調達のためにVC(ベンチャーキャピタル)を回り、2004年1〜2月にイーロン・マスク氏と出会い、意気投合した。シリーズAラウンドの投資750万ドルのうち650万ドルをマスク氏が拠出し、同氏は取締役会長に就任した。マスク氏は創業者ではなかったが、最初期の最大出資者であり、事実上の共同創業者的役割を担うことになった。そして、この資金を基にテスラロードスターを開発することになった。
2008年、メンローパークにある元シボレーディーラーのサービスベイで、テスラ最初の自動車モデルとなるテスラロードスターの生産を開始した(図1)。
ロータス・エリーゼのシャシーをベースに進化した2人乗りのミッドシップEVスポーツカーで、2008〜12年に生産された。ロードスターの主な特徴は、リチウムイオン電池セルを使用した初の高速道路走行可能な量産EVであり、1回の充電で200マイル(320km以上走行でき、時速0〜100km(0〜60マイル)の加速時間が4秒未満、最高時速201km(125マイル、安全のためにリミッターが設定されているため)、1マイルごとの走行経費は0.02ドルという性能の量産EVだった。また、取り外し可能なガラスルーフを採用し、利便性とスタイリッシュなデザインを両立した。
以下に、ベース車であるロータス・エリーゼとの比較からテスラロードスターの主な特徴を紹介する示す。
表6に、テスラロードスターとロータス・エリーゼの主要スペックの比較を示す。
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