析出強化は、母相中に微細粒子を分散して析出させ、材料を強化する方法です。文献によっては「粒子分散強化」と紹介されることもあります。
ここで析出とは、母相中に合金元素が固溶しているとき、母相から別の相が第二相として分離して現れる反応のことです。例えば亜共析鋼では、900℃程度の高温から徐冷すると、フェライトの母相中に鉄炭化物であるセメンタイト(Fe3C)が析出します。析出によって生成された相のことを「析出物」といいます。
析出強化ではこのような析出反応を利用し、母相中に合金元素を過飽和に固溶させ、熱処理によって析出させます。チタン(Ti)、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)などは析出強化元素としてよく利用される元素であり、微細な炭化物や窒化物などの形で析出します。これらの析出物は母相中に均一に分散して析出するため、転位の運動の障壁となり、転位の運動を抑制します。これが析出強化のメカニズムです。
析出強化量は析出物の量と大きさが影響しており、析出物の量が多いほど、また析出物の径が小さいほど材料が強化します。そのため、実用鋼においては合金元素を多く添加して多くの析出物を析出させたり、より微細な析出物を析出させたりする製造法が取り入れられています。
析出強化を利用した代表的な鉄鋼材料としては「SUS630(17-4PH)」や「SUS631(17-7PH)」が挙げられます。どちらもステンレス鋼の一種であり、高い強度を誇ります。SUS630は約4%の銅(Cu)を含有しており、特殊な熱処理によってマルテンサイト中に純Cu相を均一に析出させています。SUS631は約7%のニッケル(Ni)と約1%のアルミニウム(Al)を含有しており、特殊な熱処理によって微細なNiとAlの金属間化合物を析出させています。
結晶粒微細化強化は、結晶粒を微細化して材料を強化する方法です。
前回説明したように、結晶粒径と強度に相関性があることは「ホールペッチの法則」として知られています。次の式から分かるように、結晶粒径が小さくなると降伏強さが向上します。
σy=σ0+Kd(-1/2)
この式では、σy:降伏強さ、σ0:材料で決まる定数、K:材料で決まる定数、d:結晶粒径となります。
結晶粒を微細化すると、単位体積中の粒界面積が増加します。粒界は原子配列の規則性が損なわれる領域であるため、1つの結晶粒内をすべってきた転位がそのまま粒界を飛び越えて隣の結晶粒内を移動することはできません。そのため粒界は転位の運動の障壁であり、転位の運動が抑制されて材料が強化します。これが結晶粒微細化強化のメカニズムです。
具体的な結晶粒微細化方法としては、主に合金元素による方法と強加工による方法があります。合金元素による方法では、材料中にチタン、ニオブ、アルミニウムなどの合金元素を添加し、母相中に炭化物や窒化物を生成させます。これらが熱処理に伴う結晶粒の成長(粗大化)を抑制するため、微細な結晶粒が得られます。
強加工による方法では、圧延や鍛造などの塑性加工により、熱間で大きな塑性変形を与えます。直ちに急速冷却することで、結晶粒内にひずみを蓄積します。その後の熱処理プロセスにおいて、ひずみを駆動力とした核生成/再結晶が生じ、微細化した結晶粒が得られます。
ここでは、鉄鋼材料の強化に利用されているその他の強化法について紹介します。
炭素鋼や低合金鋼などをオーステナイト化温度(900℃程度)から急冷(焼入れ)すると、硬い「マルテンサイト」が得られることはよく知られています。同じ鉄鋼材料をオーステナイト化温度から急冷し、300〜550℃程度で保持したときには靭性に優れた「ベイナイト」が得られます。
マルテンサイトにしてもベイナイトにしても、熱処理によって生じる相変態に基づいて生成される金属組織です。このような相変態を活用し、硬質な組織を得る方法が「変態組織強化」です。手軽に鉄鋼材料を強化できる方法として、広く利用されています。相変態の詳しい内容は、第7回で説明していますのでご参照ください。
マルテンサイトが硬い理由は、複数の強化機構が関与しているためです。オーステナイト化温度から焼入れすると、「格子不変変形」と呼ばれるマルテンサイト内での塑性変形が起こるため、高密度の転位がマルテンサイト内に蓄積します[参考文献4]。つまり、焼入れでは「転位強化」が生じています。また、マルテンサイト中に炭素が過飽和に固溶しているため、「固溶強化」も生じています。焼入れの前工程で塑性加工が施されていれば結晶粒が微細化し、「結晶粒微細化強化」も生じます。このように、マルテンサイトには複数の強化機構が関与しています。
複合組織強化とは、材料内に2つ以上の相を有す組織を作って材料強化する方法です。
二相の組織といえば亜共析鋼の標準組織である「フェライト+パーライト」が有名ですが、複合組織強化では精巧な熱処理によって組織を制御し、「フェライト+マルテンサイト」や「フェライト+ベイナイト」「フェライト+オーステナイト」といった組織に作り込みます。
「フェライト+マルテンサイト」となる組織を有す鋼は、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトが共存しているため、加工性に優れながらも強度が高いという相反する性質を兼ね備えた鋼となります。もっぱら、このような鋼は二相の意味をもつ「DP(Dual Phase)鋼」と呼ばれています。
「フェライト+オーステナイト」となる組織を有す鋼は、常温で塑性変形を加えると、オーステナイトがマルテンサイトに変態します。鋼は加工硬化するとともに、大きな伸びを示します。この現象は「変態誘起塑性(へんたいゆうきそせい:TRIP)」と呼ばれており、これによって加工時は軟らかくて変形しやすく、加工後は高強度な材料とすることができます。
このような複合組織をもつ鋼材は実際に自動車の高強度鋼板(ハイテン)に採用されており、自動車の衝突安全性向上と軽量化に貢献しています。
以上、鉄鋼材料の強化法について説明しました。強化と転位の関係や、強化法の種類についてご理解いただけたなら幸いです。次回は、鉄鋼材料の熱処理について説明します。(次回へ続く)
ひろ/ものづくりの解説書
鉄鋼品メーカーに勤務するものづくりエンジニア。入社以来、大型鉄鋼品の技術開発、品質保証、生産管理等の業務に携わってきた。自身が運営するWebサイト「ものづくりの解説書」では、ものづくり業界の魅力を発信する記事や技術解説記事などを公開している。
[1]金属の強化機構 第2回 金属の強化原理ならびに固溶強化機構、溶射、61巻、3号、2024年
[2]7.ステンレス鋼、特殊鋼、67巻、2号、p.37、2018年
[3]鋼の製造と性質、溶接学会誌、第77巻、第3号、p.39、2008年
[4]鉄鋼の相変態−マルテンサイト変態編I−鉄合金のマルテンサイト変態の特徴、まてりあ、第54巻、第11号、p.557、2015年
[5]ものづくり基礎講座 自動車用材料(第55回技術セミナー)、正橋直哉、東北大学金属材料研究所、2018年
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