鋼の高純度化/高清浄化技術鉄鋼材料の基礎知識(5)(1/3 ページ)

今なお工業材料の中心的な存在であり、幅広い用途で利用されている「鉄鋼材料」について一から解説する本連載。第5回は、鋼の高純度化/高清浄化技術について説明する。

» 2025年12月03日 07時00分 公開
[ひろMONOist]

 連載第4回では、鉄鋼材料の製造プロセスについて説明しました。原料から取り出された鉄が複数の工程を経て精錬され、不純物の少ない鋼に変わっていくプロセスを説明しました。

 日本はそのプロセス技術が世界最高のレベルにあり、高品質な鉄鋼材料を生産して社会に届けています。厳しい条件下や環境下でも十分に耐えられる鉄鋼材料を実現するため、より品質の高い鉄鋼材料を生産する取り組みも行われています。そこで生かされているのが鋼の「高純度化/高清浄化技術」です。今回は、鋼の高純度化/高清浄化技術について説明します。

鋼の高純度化技術

 鋼の高純度化技術とは、その名の通り“鋼の純度を高める技術”のことです。これは言い換えると、鋼中の不要な成分、すなわち“不純物”を極限まで減らす技術となります。鋼を製造する工程では、必ず不純物が鋼中に混入します。不純物は、鉄鉱石、コークス、鉄スクラップなどの原料から混入する他、炉や取鍋(とりべ)に使用される耐火物から混入、あるいは雰囲気中からガス成分として混入します。

 不純物は鋼の材料特性を低下させるため、精錬によって基準値以下になるまで除去されます。このとき徹底的に不純物を除去する技術が高純度化技術であり、高いパフォーマンスや信頼性が求められる鋼に対して適用されています。

不純物の種類とその低減法

 鋼中の不純物として代表的なものに「リン(P)」と「硫黄(S)」があります。これらの不純物は原料に由来するものであり、高炉を用いて鉄鉱石から溶銑(ようせん)を取り出す処理「製銑(せいせん)」あるいは鉄スクラップの溶解中に原料から混入します。リンは鋼中に残存すると結晶粒界に偏析(へんせき、特定の領域に成分が濃化すること)し、粒界結合力を低下させて鋼を脆化させることが知られています。

 また、低温環境ではリンは鋼の靭性を低下させるため、低温用鋼では特にリンを低減することが求められています。硫黄は鋼中に残存すると、熱間加工したときに粒界割れを助長することが知られています。また、他の元素と結合して硫化物を生成し、鋼の延性を低下させます。

 このようにリンと硫黄は鋼にとって有害な不純物であるため、製鋼工程ではリンと硫黄を除去するための精錬が行われます。まず予備処理として、撹拌(かくはん)装置を使用して溶銑中の硫黄を除去する「KR脱硫処理」や、溶銑に酸素を吹き込んでリンを除去する「脱リン処理」が行われます。

 続いて、一次精錬によって溶銑中の炭素が除去された後(このとき[溶銑]は[溶鋼]に変わる)、二次精錬が行われます。二次精錬は高純度化の肝となる工程であり、「真空脱ガス処理」や「取鍋精錬」によって溶鋼中に残存する不純物が徹底的に除去されます。電炉法で作られた溶鋼に対しても、同様の二次精錬が行われます。

 これらのプロセスの流れは前回の記事で詳しく説明していますので、確認したい方はそちらをご覧ください。現在、精錬技術の向上によって鋼中のリンを10ppm程度、硫黄を3ppm程度まで低減させることが可能となっています。

図1 鋼中の不純物を除去する精錬プロセス 図1 鋼中の不純物を除去する精錬プロセス[クリックで拡大]

 ガス系の不純物としては、酸素(O)、窒素(N)、水素(H)などがあります。酸素については精錬時に溶鋼中に大量に吹き込まれる元素であり、溶鋼中の炭素やリンなどと反応してこれらを浮上分離させます。このとき浮上分離せず、溶鋼中に溶存した酸素分は気泡(ブローホール)や酸化物系介在物などの欠陥を発生させます。

 窒素については、溶鋼の吸窒によって溶鋼中に侵入します。さらに溶鋼中の成分と反応し、窒化物系介在物を生成します。これらの介在物は破壊の起点となりやすく、鋼を脆化させてしまいます。

 水素については、水素が鋼を脆化させる「水素脆化」をもたらす不純物として知られています。鋼中に大量の水素が存在すると、熱間加工中に「白点」と呼ばれる線状のき裂が発生します。また、実用中に低応力下で材料が突如破壊される「遅れ破壊」をもたらします。鋼中の水素の由来は主に水分であり、原料や取鍋に付着した水分から水素が分離して鋼中に侵入します。

 そのため、使用前に原料や取鍋を乾燥させて水分を飛ばす対策が取られていますが、それでも鋼中への水素の侵入は起こります。そのため、これらの有害な不純物ガスを除去するために「真空脱ガス処理」が行われます。

 代表的な真空脱ガス処理法である「RH真空脱ガス法」では、取鍋の上部に真空槽を設置し、溶鋼を真空槽内に吸い上げて還流し、不純物ガスを除去します。脱ガス中にアルゴン(Ar)ガスや脱硫剤の吹き込みを行う「RHインジェクション法」では、脱ガスと同時に脱硫反応も促進され、極低硫鋼を製造することができます。現在、真空脱ガス処理によって鋼中の酸素を5ppm、窒素を15ppm、水素を1ppm程度まで低減することが可能となっています。

図2 RH真空脱ガス法とRHインジェクション法 図2 RH真空脱ガス法とRHインジェクション法[クリックで拡大]

 不純物の中には、精錬によって除去することが困難な不純物もあります。銅(Cu)、スズ(Sn)、亜鉛(Zn)、鉛(Pb)、ヒ素(As)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)などがそれに当たります。これらの不純物は「トランプエレメント」と呼ばれ、鋼の熱間加工性を低下させることなどが知られています。これらの不純物は原料からの混入が主体であるため、基本的に低品位な原料の使用を避(さ)け、鋼中への混入を防止する管理が行われています。

極低炭素化技術

 「極低炭素化技術」は、主に自動車用薄鋼板の製造に取り入れられている技術です。自動車用薄鋼板はパネルなどの自動車部品を製造するための材料であり、プレス成形されて部品に加工されます。

 このとき材料に大きな変形が生じるため、容易に成形できる変形性、つまり“軟らかさ”が求められます。通常の鋼は炭素(C)を含有しており硬さがあるため、プレス成形したときにき裂やしわ(ストレッチャー・ストレイン)が生じてしまいます。そのため、自動車用薄鋼板は極低炭素化技術によって鋼中の炭素を極限まで低減させています。

 極低炭素化技術では、一次精錬工程までは他の鋼と同じように脱炭が行われます。一次精錬では溶銑中に酸素を吹き込み、溶銑中の炭素と反応させて一酸化炭素(CO)とし、除去します。これにより、溶銑中に約4.5%混ざっていた炭素が0.03%程度まで低減します。

 そこからさらに炭素を除去するため、「RH真空脱ガス処理」によって脱炭していきます。RH真空脱ガス処理は溶鋼の脱ガスを行うための精錬法ですが、CO分圧が下がることにより、脱炭反応も促進します。これにより、鋼中の炭素が10ppm以下にまで低減します。それでもまだ微量の炭素が残存するため、溶鋼にチタン(Ti)やニオブ(Nb)を添加し、炭素を炭窒化物として固定します。

 その結果、鋼中に固溶する炭素はほぼゼロとなり、成形性の優れた薄鋼板が完成します。なお、この方法で製造された鋼は「IF鋼」と呼ばれています。IFは、炭素がフリー(ゼロ)であることを意味します。

図3 極低炭素化技術 図3 極低炭素化技術[クリックで拡大]
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