パラメータ設計を深く掘り下げるため、ここで「現場パラメータ」と「本質パラメータ」という対照的な視点を導入します。
現場パラメータとは、温度、回転数、配合比、処理時間といった、人間や装置が直接操作できる設定値のことです。私たちが現実の世界で直接触れることのできる座標軸です。対して本質パラメータとは、山ほどある変数の中から、目的の価値(例:物性やデバイス性能、コスト、環境負荷、他部材との適合性など)を生むメカニズムを最もよく記述するだろうと設計者が仮説を持って抽出する変数です。材料内部の状態を表現するもの(例:相分率や欠陥密度、粒径分布)が多いでしょう。
しかし現実的な環境においては、この本質パラメータを直接観測することが困難な場面が多々あります。たとえ原理的に直接測定が可能であったとしても、それには膨大な時間や過度なコスト、あるいは熟練の技術を要することが珍しくありません。また、測定のためにサンプルを破壊しなければならない(非破壊検査ができない)といった制約も、開発のスピードを大きく削ぐ要因となります。
そこで、本質パラメータそのものをリアルタイムに測れずとも、それと強く相関し、かつ現場で安く、速く、簡便に測定可能な変数を記述子として設計することも重要です。例えば、材料内部の微細構造を直接見る代わりに、インプロセスで得られる加工負荷の変動や特有の周波数成分を代理として監視します。どのパラメータを本質への架け橋にするか、という問いの立て方が、限られたリソースの中で最適解にたどり着くための研究開発者の知恵だと感じています。
前述の通り、仮説的な座標軸として選択した記述子が物質のどのメカニズムを反映しているのか、あるいは研究開発の意思決定においてどのような意味を持つのかを解釈し、採用するかどうかを判断するのは研究開発者の役割です。MIの重要な役割の一つは、その座標軸の候補をデータから提案することにあります。
近年では、AIがデータから潜在的な構造を抽出し、新しい表現や変数の候補を提示することが可能になっています。例えば、複数の計測信号やプロセス履歴を統合的に解析することで、従来は明示的に扱われていなかった状態変数のようなものが浮かび上がる場合があります。また、多数のプロキシデータの中に潜む相関構造を学習することで、現場パラメータの世界から本質パラメータの世界への写像を構築することもできます。直接観測が難しい内部状態を、データから推定するための橋渡しとしてAIが機能するわけです。
一方で、パラメータ空間が設計された後の探索と最適化は、AIが特に得意としてきた役割です。ベイズ最適化などの手法を用いることで、探索すべき空間の中から有望な条件を効率よく提案し、実験回数を抑えながら性能の高い領域へ到達することが可能になります。逆に言えば、探索空間そのものの設計が適切でなければ、どれほど高度なアルゴリズムを用いても効果は限定的になります。研究開発者が本質パラメータの仮説を立て、探索すべき空間を定義します。その上でAIが探索を加速するという役割分担になります。
実際の研究開発では、この最適化の過程は必ずしも直線的ではありません。探索を進める中でパラメータの見直しが行われ、空間の定義そのものが更新されることもあります。こうした試行錯誤を動的に繰り返しながら、目的の価値との相関が大きい因子群の特定に少しずつ近づいていき、その後のスケールアップフェーズにつながる知見も蓄積されます。
本稿では、どの空間で問題を記述するかという視点から、本質パラメータの設計について考えてきました。現実の研究開発では、本質パラメータを直接観測できるケースは多くありません。見えない内部状態をどのように扱い、どのように設計に結び付けていくのか。次回は、この問題をさらに整理しながら、研究開発における「見えない状態」の扱い方について考えていきます。
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