FPGAに代表されるプログラマブルロジックICの歴史をたどる本連載。第8回は、第7回に引き続きActelを取り上げる。Antifuseの課題やXilinxの訴訟、3度のIPO延期を耐えたActelはFPGAベンダーの3位グループに加わることになる。
前回から、Antifuseという独創的なロジック記憶手法によりプログラマブルロジックに参入したActelを取り上げている。今回は、Actelのその後について紹介する。
前回の最後で、Intelに製造を断られたActelだが、最終的にはMECとTIに生産委託をすることができたものの、これらは先端プロセスとは呼べないものだった。最終的にはUMC、それとChartered Semiconductor(現在はGlobalFoundriesの一部)がこの生産を受託するが、それでも問題が残っていた。
それはAntifuseが標準プロセスと異なり、追加の工程が結構発生したことだった。もっとも、この当時、Actel CEOのJohn East氏は、新しいプロセスノードは5年程度継続すると予測していた。XilinxやAlteraは新ノードが出たらすぐにそれを利用して新製品を製造できる。これに対してActelは最初の2年程度は新ノードを利用できない(これはファウンドリーとしては、完成したばかりの新ノードは標準プロセスでの生産を優先するため)が、それでも2年遅れで新ノードが使えれば残り3年は同じプロセスで競争できるから、速度やロジック密度などの観点で十分戦える、というわけだ。
ところが実際には、2年ごとに新しいプロセスノードが利用可能になり、しかもAntifuse用の追加プロセスを開発する作業は、新プロセスノードが出た後に始まった。要するにAntifuse用のプロセスノードは総計で4年遅れ、2世代遅れになってしまうということだった。さすがに2世代遅れだと競争力がなさすぎる。これに絡むのは、Actelが決してファウンドリーの大口顧客ではなかったことだ。生産量が2桁とは言わないまでもあと1桁多ければ、もう少しだけファウンドリー側の配慮を望めたのかもしれないが、小口ユーザーでしかないActelの影響力は乏しかった。このあたりは、セイコーエプソンのファウンドリービジネスの立ち上げパートナーとなったことで深い関係を築けたXilinxと対照的なところだ。
幸いというべきか、そんなActelの製品にも確実な固定客がついた。つまり、速度やロジック容量よりも信頼性が最優先される、航空宇宙防衛分野である。特に、高度数k〜数百kmという高高度〜成層圏で利用される航空機や衛星などの用途では、宇宙放射線によるSEU(単発事象アップセット)への対策が必須である。AntifuseはこのSEUへの耐性が非常に強い(なんせSRAMと異なりSEUが原理的に発生しない)ことが強みとなり、こうした航空宇宙軍事分野を確実につかむことに成功した。
ただしこの市場、単価を引き上げることはできてもそれほどの数量は出ない。1989年における同社の売上高は100万米ドル程度でしかなかった。1986年末までに同社は1000万米ドルを超える投資を受けており、売上高を伸ばすべくいろいろな方策を練る必要があった。策の1つが、本当に航空宇宙軍事分野向けの高信頼性製品を開発することで、これは後にRT(Radiation Tolerant)シリーズとして結実し、NASAの火星探索ローバーに実装されることになるが、そこまでにはまだだいぶ時間がかかることになる。
まずは1μmプロセスで製造するACT2シリーズをラインアップするとともに、IPO(新規株式公開)を始めることになった。当時IPOのためには2四半期連続して黒字である必要があり、Actelは黒字額の多寡はともかく黒字化そのものはなんとか達成できていたためだ。
そのIPOの開始とほぼ並行して発生したのがXilinxとの訴訟である。言うまでもなくXilinx側がActelを訴えたもので、これはAlteraのときと同じく302A特許を盾に取ったものだった。302A特許の成立は1989年9月に公開されたが、これ以前からActelは製品を出荷しており、これはActelにとって完全に不意打ちであった。この時Xilinxの訴訟が厄介だったのは、同社がライセンス供与をするつもりが一切なかったことだ。そう、この訴訟におけるXilinxの目的は、Actelを倒産に追い込むことだった。このXilinxの姿勢を受けてActelのIPOに意欲的だったゴールドマンサックスもIPOの延期を決めることになる。
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