なお、このXilinxによる訴訟は意外な形で決着する。Actelの創業メンバーの一人であるKhaled El-Ayat博士(回路設計担当)がXilinxの製品を調べていたところ、XC4000シリーズの製品にはSegment Routingと呼ばれる技術が採用されていることが判明したのだ。このSegment Routingに関する特許(US5132571A)は、やはり創業メンバーの一人であるスタンフォード大学 教授のAbbas El Gamal氏らの連名で1990年8月に出願され、1992年7月に成立していた。これによりActelはXilinxに反訴することが可能になり、最終的には平和的に和解することになった。このあたりはやや泥沼化したAlteraよりも幸運ではあったと思う。
もっとも、IPOの問題がこれで全て解決したわけではなかった。Xilinxと和解した時期に販売していたACT1シリーズは1.2μmプロセスで製造しており、ACT2シリーズでは1μmプロセスに移行させる予定というのは先にも触れた通り。ところがこの1μmプロセスの最初のロットの歩留まりは悲惨なものだったらしく、悪いことにIPOの書類でこの事実を開示する必要があった。最終的にこの問題は解決され、1μmプロセスでの量産を開始することはできたが、このめどが立つまでIPOは2度目の延期を強いられた。
2度あることは3度あるというべきか。3度目の延期は、2度延期した後のIPO成立の直前に発生した。これはある苦境にあるスタートアップ企業がActelを狙い撃ちしたもので、そのスタートアップ企業が保有している特許をActelが侵害していると主張するものだった。これは新たなリスク要因になり得るため、投資家にその旨を開示する必要性が出てくる。結局Actelはもう一度IPOの手順をやり直す羽目に陥った。その週末に問題を解決し、1993年8月3日にActelはやっとIPOを果たす。株式の始値は9.50米ドルだったが、その日のうちに13.00米ドルまで急騰し、無事にActelは公開企業になった。
このIPOで資金的な余裕が出た同社は新製品の拡充に乗り出す。まずは伸び伸びになっていたACT3シリーズへの着手である。ACT3シリーズは、1992年のDatabookに既に名前が出ている(図1)が、1996年度版のFPGA Data Book and Design GuideにはACT3の名前がまだ入っていない。
とはいえ1994年度版ではもう少しちゃんとした情報が示されている(図2)。業界紙を探すと1995年2月6日付のElectronic Buyers' Newsに、「TIが」ActelのACT3の出荷を開始したとか書いてあって、OEM供給でも行っていたのだろうか? と疑問ではあるのだが、一応0.6μmプロセスで量産を開始したと報じている。
実際に1990年代後半にはこのACT3シリーズが広範に出荷されており(図3)、性能および容量の点で大幅に改善が行われた。
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