水素混焼エンジンを搭載したタグボートである天歐の設計において、常石造船で設計本部 商品企画部 総合設計グループに所属する宮武達也氏が一貫して訴求したのは、「従来のタグボートと同等の運航性能を確保すること」だった。新しい燃料やエネルギーシステムを導入する以上、性能や使い勝手に何らかの“制約”が生じるのではないかという懸念は常につきまとう。天歐では、その懸念を設計段階から排除することが最大の目標とされた。
先ほども述べたように本船は国内最大級のサイズとなるタグボートで、かつ、最大出力での急激な負荷変動が連続する極めて厳しい運用環境に置かれる。宮武氏は、この運用特性を踏まえ、「水素燃料電池ではなく水素混焼エンジンを選択したことが、技術的な分岐点だった」と説明する。水素混焼方式の“フェイルセーフ性”は、タグボートとして不可欠な要素であるとともに、タグボートに求められる応答性や耐久性を従来通り維持できる。
一方で、水素という燃料を扱う上で求められる安全設計として、高圧水素を扱う設備を上甲板上に集約し、機関室内に高圧水素を引き込まない構成の採用についても宮武氏は、「現時点で船舶用途として確実に使える技術を選び、過度に先端的な要素はあえてとらなかった」と語る。
船内配管を全て二重管構造とした理由に関しては、日本海事協会(ClassNK)と協議を重ねながら構築したと述べた上で、制御面でも操船者に負担をかけないためにエンジン制御システムが自動的に最適化し、船長や機関士が個別に調整する必要はなく、異常時には自動的にA重油運転へ切り替わる機構など、「この“何も起こらないこと”こそが、安全設計の成果」と宮武氏は説明する。
「結果として天歐は、従来のタグボートと同等の操船性とえい航性能を維持しながら、混焼運転時にはCO2排出量を約60%削減できる船となった。水素を使うために我慢する船ではなく、従来と同じ感覚で使える船をそのまま脱炭素化する。そのことを今回の設計で最も重視した」(宮武氏)
「ゼロエミッション船プロジェクト」を資金と運営管理で支援する日本財団では、今回の水素混焼エンジン搭載タグボートの建造を単なる新技術実証とは位置付けていない。日本財団 常務理事でプロジェクトを統括する海野光行氏は、「ゼロエミッションは“いつか実現する理想”ではなく、今できるところから具体的に進めるべき課題」だと語る。
海事分野の脱炭素は、外航海運を中心に議論が進んできた。一方で、日本の内航海運や港湾作業船は、エネルギー転換の検討が遅れていた領域でもある。海野氏は「外航では多様な燃料や推進方式の研究開発が進んでいるが、内航分野は社会インフラであるが故に、止められない、失敗できないという制約が大きい」と指摘する。
だからこそ、天歐で採用された水素混焼という方式も、水素専焼や燃料電池に比べれば“過渡的技術”とみられることもあるものの、海野氏は「過渡であっても、CO2削減効果があり、実際に使われる技術なら意味がある」と主張する。
特にタグボートは、港湾という限られたエリアで運航され、稼働時間も比較的短い。燃料供給インフラを含め、ゼロエミッション技術を社会実装するための条件がそろった船種でもある。「最初の1隻が動き出すことで、次に続く船のハードルは確実に下がる。天歐は、その“最初の現実解”だと考えている」(海野氏)。
また、日本財団がこの分野に関与する意義について、海野氏は「民間だけではリスクが大きく、行政だけではスピードが出ない。その間をつなぐ役割」を強調する。今回のプロジェクトでも、造船所、エンジンメーカー、オペレーター、船級協会といった多様な関係者が関与しており、実証を通じて得られた知見は業界全体で共有できる。「ゼロエミッション船は、特別な一部の船だけが持てばいいものではない。普通の船が、普通に脱炭素していくことが重要だ」(海野氏)。
操船精度が施工精度を決める!海底通信インフラを支えるケーブル敷設船「SUBARU」
海上自衛隊の新型艦艇「哨戒艦」に見る省人化と“フナデジ化”
新造フェリー「けやき」の省エネ船型がもたらす「燃費×定時×快適」の融合
貿易立国日本を支える自動車船の最新ブリッジを「セレステ・エース」で見た!
最新鋭クルーズ客船「飛鳥III」で知るイマドキの操舵室Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
モビリティの記事ランキング
コーナーリンク