「地球シミュレータ」はベクトル型を継承しつつ生成AIも取り込んで進化するAIとの融合で進化するスパコンの現在地(7)(1/4 ページ)

急速に進化するAI技術との融合により変わりつつあるスーパーコンピュータの現在地を、大学などの公的機関を中心とした最先端のシステムから探る本連載。第7回は、2002年に初代システムが稼働を開始したJAMSTECの「地球シミュレータ」を取り上げる。

» 2025年10月20日 08時00分 公開
[関行宏MONOist]

 いわゆるスーパーコンピュータ(スパコン)をはじめとするHPC(高性能コンピューティング)インフラは、高度なシミュレーションや創薬、ビッグデータ解析など、企業のモノづくりや事業創出に欠かせない存在となっている。さらに、生成AI(人工知能)をはじめとするAI技術の急速な進化により、これらのHPCインフラでAIをどのように活用できるようにするかも大きな課題となっている。

 本連載では、日本国内のスパコン環境の一端を探るべく、大学などの公的機関を中心とした最先端のシステムを紹介していく。第7回は、2002年に初代システムが稼働を開始したJAMSTEC(海洋研究開発機構)の「地球シミュレータ」を取り上げる。

⇒連載「AIとの融合で進化するスパコンの現在地」バックナンバー

地球温暖化や気候変動の予測研究などを目的に開発

 横浜市南部の観光スポットの一つとして知られる横浜南部市場。その近くにあるJAMSTEC(海洋研究開発機構)の横浜研究所内のシミュレータ棟に、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」(Earth Simulator)が収められている(図1)。

図1 図1 JAMSTECが運用する第4世代の「地球シミュレータ」(ES4)。写真に写る5列のラック、VEノードのほかに、CPUノードやGPUノード、容量約60PBのストレージシステムがあり、さらに研究データの長期保存を目的とした大規模なテープストレージなども別途存在する[クリックで拡大] 撮影:関行宏

 2002年3月に稼働を開始した初代の地球シミュレータ(ES)は、地球温暖化や気候変動の予測研究などを目的に、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構:JAXA)、原子力研究所(現日本原子力研究開発機構:JAEA)および海洋科学技術センター(現JAMSTEC)によって構築された。同年6月にスパコンのベンチマークとして有名なTOP500で世界トップとなる35.86GFLOPSを記録し、2004年11月までその記録は破られることはなく、まさにフラグシップなシステムであった。ESの圧倒的な性能は世界の研究機関やコンピュータメーカーに大きなインパクトを与え、米国のニューヨークタイムズ紙が人工衛星の開発競争でソ連の後塵を拝したときの「Sputnik shock」をもじって「Computonik shock」と表現したというエピソードも残っている。

 その後、2009年3月に「ES2」と呼ばれる第2世代、2015年3月に「ES3」と呼ばれる第3世代へと更新が行われ、2021年からは「ES4」と呼ばれる第4世代のシステムが稼働中である。

ベクトル型アーキテクチャを20年以上にわたって継承

 地球シミュレータの最大の特徴は「ベクトル型」のアーキテクチャを採用していることだ。ベクトルとは行列の行または列に相当する1次元配列を意味し、複数の値をまとめて扱えるため、値を一つずつ扱うスカラー型に比べて大量のデータに同じ演算を適用するアプリケーションにおいて優れた性能が得られる。

 今でこそベクトル型を採用しているスパコンは、ES4の他に、東北大学サイバーサイエンスセンターの「AOBA」、国立環境研究所 地球環境研究センターの第7号機、大阪大学D3センターの「SQUID」などの限られたシステムのみになってしまったが、以前はスパコンの代名詞であった。

 JAMSTECでは、大気大循環モデルや海洋大循環モデルを用いた地球レベルでの大気や海洋のシミュレーション(図2)、台風や集中豪雨の予測研究、地震や津波の予測と予測精度の高度化、といった研究目的に適していることから、2002年の初代ES以来、20年以上にわたってベクトル型を採用している。

図2 図2 ESに最適化した海洋大循環モデル(OFES:Ocean general circulation model For Earth Simulator)を用いた全球海洋の超高解像度シミュレーションの例(日本周辺のみを示す)[クリックで拡大] 出所:海洋研究開発機構

 その地球シミュレータは、JAMSTECの研究プロジェクトだけではなく、他の大学や研究機関からの利用も多い。また、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって組織された気候変動政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)に対して、国としてデータを提供する役割も担っている。

 産業利用制度もあり、毎年10〜20件の民間プロジェクトに使われている。過去には、東芝が火力発電所のタービンの構造解析に、大成建設が二酸化炭素の地下貯留解析に、東洋電機製造がモーターの回転機の渦電流解析に、鉄道総合技術研究所がレールと車輪間のころがり接触の解析に、住友ゴム工業が高性能タイヤの開発に利用した実績などがある。

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