チップレットがもたらす半導体の新たな技術潮流、市場勢力図の潮目も変えるかポスト政策主導時代を迎える半導体市場(4)(2/2 ページ)

» 2025年10月16日 06時00分 公開
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2.エンジニアリングチェーンの変化

 製造チェーンにおいて、チップレット導入を機に先端パッケージング製造を巡り従来の前工程、後工程それぞれのすみ分けが崩れる動きが始まっているが、半導体の設計/開発を担うエンジニアリングチェーンにおいてもプレイヤー勢力図に再編の兆しが見えつつある。

2.1 チップレットによる設計工程の変化 

 チップレットでは、従来の前工程の回路設計に加え、複数ダイを縦方向に積層するパッケージングの設計工程が追加される。表2に示す通り、従来の前工程向けEDAでは、システム設計の仕様が定義され、RTL(レジスタ転送レベル:回路の論理構成を示す記述言語)によって設計を記述する。その機能検証を経て、ハードウェア動作に近い設計図である論理ゲート(回路の構成要素)にこれを変換する。これを基にハードウェア回路の物理設計を行う。最後にこれをウエハー上に回路を焼き付ける際のフォトマスクの設計に落とし込む。

 これらのように、前工程ではウエハーに回路を焼き付けるための一連の設計/開発業務がEDAシステム上で行われる。従来の半導体製造では回路の設計/開発はこの前工程で完結しており、後工程は前工程で回路を焼き付けられた完成品のウエハーを切断、ボンディング、シーリングし、スマートフォンやサーバなどに搭載する半導体製品に仕上げる工程であった。

 しかし、チップレットによって複数のダイが相互に接続されるようになると、パッケージング工程にも同様にEDAを用いた回路設計/開発業務が生じることになる。マルチダイを前提とした設計やダイ間通信の検証、ダイ間をつなぐインターポーザーの設計、パッケージング複合マスクの設計など、後工程でも前工程と同様の機能が必要となる。

工程 従来のEDA(前工程) チップレットのEDA(後工程)
設計/仕様策定 システム設計、RTL設計 マルチダイ分割設計、チップ間I/F仕様策定
設計機能検証 RTL設計の論理検証、形式検証 ダイ間通信検証、プロトコル検証
論理合成 RTLから論理ゲートを生成 パッケージ合成によるバンプ/RDL配置
物理設計 フロアプラン(ダイ上のマクロ配置) ダイ間ルーティング、インターポーザー上の配置
物理設計検証 デザインルールチェック、レイアウト検証、DFM(製造向け設計) パッケージレベルDRC(Design Rule Check)/LVS(Layout Versus Schematic)、SI(Signal Integrity)/PI(Power Integrity)/熱解析
製造データ生成 マスクデータ生成 パッケージ実装データ生成、複合マスクデータ生成
表2 従来EDAとチップレットEDAの機能比較 出所:PwCコンサルティング資料を基に編集部作成

2.2 EDAベンダーの再編なるか

 EDAベンダーの勢力図を見ると、足元では一握りのプレイヤーが市場の過半を占めるといわれており、全体のEDA市場支配は依然として米国系大手が大半を占めていると推察される。先端パッケージング向けツール領域でもこれら大手が製品ポートフォリオを拡張しており、短期〜中期は支配的な地位が続くとみられる。

 ただ、一部のニッチ領域ではスタートアップやEDAツール主力ではないIPベンダーも健闘している。例えば、インターコネクト設計、インターポーザー/RDL(再配線層)の配置、パッケージ用メトロロジー(計測技術)連携、マルチフィジックス解析などの領域だ。実際の先端パッケージ開発では、これらスタートアップやIPベンダーと大手EDAベンダーが協業するケースが多い※2)

※2)Semiconductor Engineeringの2024年4月25日付記事“EDA Looks Beyond Chips”を参照

3.技術潮流と各国政策の変化

 以上、チップレットの導入により製造チェーンにおいて前工程と後工程の垣根が崩れ、エンジニアリングチェーンでは新たに後工程の設計需要が拡大している状況を確認した。

 一方、前回取り上げた通り東南アジア/インドはそれぞれ、後工程への投資を推進している。現状では従来型の後工程が中心だが、マレーシアやインドにおける外資とのジョイントベンチャーなどにみられるように、一部の企業ではチップレットを見越した先端パッケージ製造技術の開発が進められている。先端パッケージングは後工程に生じた新しい技術であり、東南アジアやインドなどの半導体製造後発国にとって、チップレットによる技術潮流の変化は、場合によっては一気呵成に先端技術を獲得する可能性を秘めているといえよう。

 他方で、第1回第2回で見てきた通り、米国のSTAR法案、欧州のCHIPS Act 2.0で示されたような設計/開発への投資強化が議論されている。もともとEDAで圧倒的なシェアを誇る米国は、先端パッケージング向けEDAにおいても優位性を保持すべく政策を用意していると理解できる。一方、欧州は、長らく米国製EDA依存からの脱却を志向してきており、チップレットによる先端パッケージングEDAの登場は、これを実現するためのチャンスともいえよう。さらにインドも製造に比べて豊富な設計/開発人材を基盤として、先端パッケージング設計/開発への参入を政策的に後押ししている。これらの動きが本格化していく中で、米国系大手EDAベンダーによる寡占から徐々に市場の勢力図が変化していくシナリオもあり得る。

4.本連載のまとめと日本企業への示唆

 ここまで4回の連載で米国、欧州、東南アジア/インドの半導体政策の動向とその背景としてチップレットによる技術潮流の変化をみてきた。そこからは、コロナ禍以降の半導体政策資金バブルが一服に向かうと同時に、技術潮流の変化も相まって足元では半導体産業にとっての転換点が近づいていることがうかがえる。

 各国による当初の半導体政策は、コロナ禍のサプライチェーン寸断と米中対立を軸とした地政学的分断に対する喫緊の課題として浮上した、半導体供給確保への対策として策定された。米国、欧州ではそれがすなわち製造の自国/域内回帰であった。しかし、実際には製造回帰はFab建設事業者からエンジニアリング、オペレーションそれぞれの人員、さらには装置/材料から補用品に至るまでのサプライヤー群を必要とし、短期間で容易に実行できるものではなかったのである。

 米国と欧州のいずれにおいても製造回帰が当初計画通りに進まない中、それぞれが政策の転換を余儀なくされている。そして、政策転換においてはこれまで以上にチップレットによる技術潮流の変化が織り込まれていく見込みだ。

 他方で東南アジア/インドでは、米中対立を東アジアから自国/地域への半導体サプライチェーン移転のチャンスとして捉え、誘致政策や人材育成策が打ち出された。こうした政策は単に地政学的背景からだけではなく、チップレットによる技術潮流の変化を見据えた先端技術への参入戦略ともいえる。

 日本においても先端半導体の開発が量産フェーズに向けて動き出す中、政策として次なる打ち手が待たれるところだ。また、グローバルに製品を展開する装置/材料メーカーにとっては、中国市場の不透明感が増す中で東南アジア/インドの先端パッケージング市場拡大の可能性が期待される。(連載完)

筆者プロフィール

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祝出 洋輔(いわいで ようすけ) PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー

証券会社/投資評価会社における個別株/ファンドアナリスト、監査系コンサルティングファームにおけるリサーチアナリスト/コンサルタントを経て現職。一貫して、半導体産業を含む機械/電機/製造設備などの資本財セクターを担当。

PwCコンサルティング


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