ボートショー2025では、小型船舶の乗船者にとって天敵ともいえる、船酔いを引き起こす「揺れ」を抑える減揺装置が展示されていた。
その1つがヤンマーブースで展示していた「GUシリーズ」だ。GUシリーズはジャイロスタビライザーで、プレジャーボートや業務艇向けに幅広いラインアップをそろえる。ジャイロスタビライザーとは、機器内部に搭載したフライホイールを高速回転して発生させるジャイロトルク(回転力)によって横揺れ(ローリング)を物理的に打ち消す装置だ。最新モデルのGU45は、小型艇市場への対応を強化した設計で、シリーズ中最小最軽量ながらも十分な減揺効果を発揮できることを訴求していた。
GUシリーズは、東明工業が開発製造するARG(Anti Rolling Gyro)をベースにしたOEM製品だ。その東明工業のブースでは、ARGの動作原理や内部構造を紹介する展示が行われており、高速回転するフライホイールとジンバル構造によってジャイロトルクを発生させ、船の横揺れ(ローリング)を受動的に抑制する動作メカニズムを視覚的に訴求するデモを実施していた。
ARGは、もともと三菱重工業が航空宇宙分野で開発していたコントロールモーメントジャイロ(CMG)の技術を応用しており、宇宙機の姿勢制御に使われてきた高度な回転力制御の知見を船舶用に転用したものだ。三菱重工での開発後、製品展開の柔軟性とプレジャーボート市場への対応強化を目的に、製造・販売部門は東明工業に移管され、現在のARGシリーズが展開されている。ちなみに、三菱重工の前身である三菱長崎造船所は、日本で最も早くジャイロスタビライザーを製造(米国スペリーのライセンス製造)して日本海軍の航空母艦「龍驤」に載せたという“縁”がある。
ARGは高速回転するフライホイールをジンバルで支持し、そのジャイロトルクによって船の横揺れ(ローリング)を受動的に打ち消す構造で、油圧レスで配管不要、かつ、空冷式電動モーター採用により保守性と安全性が高い特徴を持つ。
シリーズ中最小モデルのARG45Tは、最大トルク4500Nm、角運動量900Nms(エコモード時700Nms)を発揮。定格回転数は最大4900rpmで、起動から定格回転数到達までに約30分を要する。ARGの実艇試験では、停泊時に最大70%の横揺れ低減効果が確認されており、観光船や釣り船、水上タクシーなどで導入が進んでいるという。
トヨタ自動車のブースでは、自動車向け技術を応用した海上快適化ソリューションの一例として、“揺れないイス”の試作モデルを展示していた。これは、加速度センサーとサーボモーターを組み合わせ、座面の傾きをリアルタイムで制御することで、船の揺れを打ち消し、水平状態を維持する座席システムとなっている。
デモ展示では、船の揺れを再現するモーションプラットフォーム上にイスを設置し水平を維持する効果を視覚的に確認できた。イスには“シャンパングラスタワー”を載せた板も固定されており、揺れているはずの船上でもグラスが倒れず、来場者に減揺性能を印象付けていた。
開発担当者は「もともとはクルマ向けに開発していたもので、船にも応用できるのではという着想から開発が始まった。クルマと船では揺れの質が異なり、現在はより大きなストロークが必要と考えて改良中」と現時点における課題を挙げている。ただ「反響を見て商品化も検討」とのことで、製品化は未定ながらデモの反応を踏まえて今後の開発方針が決まるとみられる。
以上、ボートショー2025では、電動化、水素燃料、AI航行支援、減揺技術といった技術が、環境、安全、快適の実現に向けた解決策を提示していた。これらの技術が、化石燃料内燃機関と操船者中心だった従来の小型船舶からクリーンエネルギーとAIによる支援を備えた水上移動手段として進化する可能性を示してくれるだろう。
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