核融合炉の過酷な環境に耐えられる究極の材料とは?核融合発電 ここがキモ(2)(1/3 ページ)

自然科学研究機構・核融合科学研究所 教授の高畑一也氏が、核融合発電の応用知識について解説する本連載。第2回では、核融合炉内の極限環境で使われる材料について解説します。

» 2025年03月12日 08時00分 公開

 連載第1回では、「経済的な核融合発電の実現は可能か」について、経済学的な視点も交えながら解説しました。今回はさらに踏み込み、「核融合炉の過酷な環境で使用できる材料は存在するのか」について、技術的な観点から解説していきます。なお、第1回と同様に、トカマク型やヘリカル型に代表される磁場閉じ込め方式、そして第1世代とされる重水素−三重水素(D−T)反応炉に焦点を当ててお話しします。

ノーベル賞受賞者の核融合技術に対する指摘

 2001年1月18日付の朝日新聞「論壇」欄で、故・小柴昌俊東京大学名誉教授は、核融合について次のようにコメントされました[参考文献1]。「重水素と三重水素を融合させようというのがイーター計画だが、そのとき高速中性子が大量に出る。これら高速中性子は減速されないまま真空容器の壁を直撃する。その際に起こる壁の放射線損傷は、われわれの経験したことのない強烈なものになることは疑いない」。

 当時、日本は核融合実験炉ITER(イーター)の誘致を目指しており、この発言はそれに対する懸念を示したものでした。ノーベル賞受賞者の意見に対し、核融合の研究者たちは大いに驚き、すぐに反論の投稿が寄せられました。今振り返ると、小柴先生は将来の核融合炉の開発において避けて通れない技術的課題を指摘されていたのだと思います。

 「われわれの経験したことのない強烈なもの」という表現は、一般の人々にとって予測不能な事故を想起させ、核融合炉が安全に設計されていないかのような印象を与えかねません。しかし、実際には、過去数十年にわたる研究の成果により、核融合炉における放射線損傷の特性はほぼ解明されており、その損傷に耐え得る材料の開発も継続的に進められています。本記事では、その点について詳しく解説していきます。

プラズマと真空容器の間にある炉内機器

 小柴先生は、「高速中性子は真空容器の壁を直撃する」と述べましたが、実際にはプラズマ(重水素と三重水素の混合ガス)と真空容器の間には、約1mの厚さの炉内機器(In−Vessel Components)が設置されています。その構造を模式的に表したのが図1です。プラズマに近い側から、以下の3層に分かれています。

(1)第一壁(ファーストウォール):プラズマから出てくる粒子、中性子、熱を最初に受け止め、ブランケットを保護する。厚さは数mm程度。

(2)ブランケット:中性子を吸収・減速し、熱を発生させるとともに、三重水素を生産する、核融合炉の主要機器の1つ。内部には冷却材が流れ、発生した熱を外部に取り出し、発電に利用する。

(3)シールド:中性子を遮蔽し、真空容器の外側にある機器(超伝導コイルなど)を保護する。

 なお、このうちブランケットが設置された装置は、現在のところ1つも存在しません。最初に設置されるのは、発電実証のための原型炉(DEMO炉)となります。

図1 炉内機器の模式図 図1 炉内機器の模式図[クリックで拡大]

 従って、中性子による放射線損傷を受けるのは、真空容器ではなく炉内機器ということになります。また、中性子はブランケット内にあるリチウムと確実に衝突/反応し、三重水素を生産しなければならないため、ブランケットに入るまでに中性子を減速させることはできません。

 核融合プラズマから放出される中性子1個当たりのエネルギーは14MeV(MeVはエネルギーの単位で、1MeV=1.6×10−13ジュール)です。これは、核分裂で発生する中性子のエネルギー(平均約2MeV)の7倍に相当し、小柴先生の「われわれの経験したことのない強烈なもの」という表現にもつながっています。

 本記事では、特にブランケットに使用される構造材料が、この高エネルギー中性子(高速中性子)に耐えられるかどうかに焦点を当て、これまでの技術動向と課題について解説します。

核融合炉の放射線損傷を原子炉と比較すると

 固体材料の放射線損傷の程度を数値で表す方法を考えます。中性子が材料中の原子に衝突すると、ビリヤードの球のようにはじき出され、原子が格子点からずれることがあります。このようなはじき出し損傷は、材料の強度に大きな影響を及ぼします。この損傷を評価する指標として、DPA(displacement per atom)が広く使用されています。

 DPAは、原子1個が格子点からはじき出される平均的な回数を示す値であり、放射線による損傷の度合いを定量的に表すのに適しています(ただし完全な指標にはなりません)。

 図2は、原子炉と核融合炉における想定DPAを比較したものです。現在の原子炉では、最大50dpa程度ですが、核融合炉のブランケットでは150〜200dpaに達することが想定されています。

図2 原子炉と核融合炉の構造材料における運転温度と中性子によるはじき出し損傷量の比較[参考文献3] 図2 原子炉と核融合炉の構造材料における運転温度と中性子によるはじき出し損傷量の比較[参考文献3][クリックで拡大]

 一方、第4世代の原子炉であるナトリウム冷却高速炉や溶融塩炉でも150dpaを超える損傷が想定されていますので、核融合炉と同等の耐放射線性に優れた材料の開発が必要となってきます。ここで強調しておきたいのが、これまで核融合炉のためだけに材料開発が行われてきたのではなく、原子炉の材料開発と並行して行われてきたということです。

 現在フランスに建設中の核融合実験炉ITERでは、試験用ブランケットを設置し、熱の取り出しと三重水素の生産を実証する計画があります。しかし、はじき出し損傷量は約3dpaにとどまり、材料の試験としては全く不十分です[参考文献2]。

 次ページでは、ブランケットの構造に使われる耐放射線性に優れた候補材料についてお話しします。

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