核融合炉の過酷な環境に耐えられる究極の材料とは?核融合発電 ここがキモ(2)(2/3 ページ)

» 2025年03月12日 08時00分 公開

ブランケット構造に使うことができる材料の候補

 1994年出版の教科書を見ると、核融合炉内機器の材料として、高速増殖炉「もんじゅ」の燃料被覆管にも使用された改良型オーステナイト系ステンレス鋼(300番系のステンレス鋼を改良したもの)が候補として挙がっています[参考文献4]。またこの材料で、580℃以下で100dpa程度まで使用できると書かれています。

 ITERの3dpaだと、オーステナイト系ステンレス鋼で全く問題ないわけです。ところが、150〜200dpaが想定される商業的な高速炉や核融合炉では使用できません。

 そこで現在では、フェライト/マルテンサイト(F/M)鋼が最有力候補になっています。フェライト/マルテンサイト鋼は、火力発電などの耐熱材料として精力的に改良され、過去70年間で最高使用温度が520℃から650℃と約130℃上昇しています[参考文献5]。

 さらに核融合炉用フェライト/マルテンサイト鋼には、ブランケット交換後100年でリサイクルできるように、低放射化の改良が加えられました。図3は、照射後100年後に手で触れることができるレベルの放射線量(表面線量が25μSv/h)にするために、構造材料で使用できる元素を示したものです。

 黄色の枠内の元素は0.1%以上使用できません。そこで、1982年に、ナトリウム冷却高速増殖炉用に開発されたフェライト/マルテンサイト鋼(T91)を基本に、鋼材組成のニオブ(Nb)やモリブデン(Mo)といった元素を同じ族のタンタル(Ta)やタングステン(W)に置き換えた、低放射化フェライト/マルテンサイト(RAFM)鋼(別名、低放射化フェライト鋼)が提案されました。

 現在では、日本で開発されたF82H(Fe-8Cr-2W-0.2V-0.04Ta)および欧州で開発されたEUROFER−97(Fe−9Cr−1W−0.2V−0.12Ta)が、データベースも豊富で、製造方法も実証されています[参考文献6]。

図3 照射後100年後に手で触れられるようにするために、鋼材内で使用できる元素の最大許容濃度[参考文献7] 図3 照射後100年後に手で触れられるようにするために、鋼材内で使用できる元素の最大許容濃度[参考文献7][クリックで拡大]

ブランケット構造の候補材の寿命と使用可能な温度領域

 図4は、初期のF/M鋼を使用したブランケットの運転設計ウィンドウの例を示しています。ウィンドウは照射温度と寿命(照射損傷量)で定義されますが、黄色のウィンドウの外側で使用すると、さまざまな要因により破壊が生じる可能性があります。まず、低温側と高温側の両方に温度制限があることが分かります。図4で示した材料では、350℃から550℃の間でしか使用できないことになります。また、構造材の寿命は、材料の体積膨張(スウェリング)によって制限されることが分かります。

図4 初期のF/M鋼を用いた核融合炉用ブランケットの設計ウィンドウ[参考文献8] 図4 初期のF/M鋼を用いた核融合炉用ブランケットの設計ウィンドウ[参考文献8][クリックで拡大]

 スウェリングについては、未解決の問題が残されています。高速炉で照射されたF/M鋼は200dpaの照射に対しても、2%程度しか膨張しません[参考文献9]。ところが、核融合炉の中性子は14MeVとエネルギーが高いために、鉄(Fe)が核反応を起こし、ヘリウム(He)と水素を発生します。ヘリウムができる反応のしきい値は5MeVなので、高速炉(核分裂炉)ではこの反応が限定的にしか起こりません。

 一方、核融合炉では、ヘリウムや水素が蓄積し、スウェリングが促進される可能性があります。核融合炉は実現していないので14MeVの中性子を照射することはできませんが、イオン加速器を使ってF/M鋼に水素やヘリウムを注入すると、50dpaでスウェリングが進行することが分かっています[参考文献5]。一気に寿命が短くなる可能性があるのです。

 そこで、組成の調整や熱機械処理(TMT、Thermo-Mechanical Treatment)によって、スウェリングを抑制する改良が試みられています[参考文献5]。この改良は核融合炉開発において最重要課題だと思います。

 図5は、ブランケットの候補材料の使用可能な温度範囲を示したものです。第1候補であるRAFM鋼は、高温側での温度制限が500℃と低いことが欠点です。そのため、より高温でも使用できる材料として、バナジウム合金(V−4Cr−4Ti)、微細な酸化物粒子(Y2O3など)を分散させた酸化物分散強化(ODS)鋼、炭化ケイ素(SiC)繊維をSiCマトリックスに埋め込んだ複合材料(SiC/SiC)の開発が進められています。

図5 ブランケット候補材料の使用可能温度範囲。濃い帯の両側の薄い帯は、限界の不確実性を示します。50dpa以下の照射を想定しており、材料の寿命とは関係ありません 図5 ブランケット候補材料の使用可能温度範囲。濃い帯の両側の薄い帯は、限界の不確実性を示します。50dpa以下の照射を想定しており、材料の寿命とは関係ありません[クリックで拡大] 出所:Ed J. Pickering et al., entropy, 2021, 23, 98, License: CC BY 4.0

 これらの先進材料は、照射損傷に関するデータベースが十分に整備されていないこと、量産実績がないこと、加工や接合が難しいことなどの課題があります。しかし、冷却材の高温化により発電効率を向上させることができるため、有望視されています。またODS鋼は、先に述べたスウェリングを抑制することが知られており、ブランケットの寿命を延ばすことができます[参考文献5]。次ページでは、これらの候補材料を用いて、ブランケットの構成を検討します。

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