力づくのイノベーションで変革起こす、ロボットの手に目を与える視触覚センサー羽田卓生のロボットDX最前線(8)(1/3 ページ)

「ロボット×DX」をテーマに、さまざまな領域でのロボットを活用したDXの取り組みを紹介する本連載。第8回は、視触覚センサーを用いた独自のエンドエフェクターを開発するFinger Visionを取り上げる。

» 2024年08月05日 07時00分 公開
FingerVision 代表取締役の濃野友紀氏[クリックで拡大]

 さまざまな産業へロボットが浸透していく中、もっともイノベーションが必要とされる要素がロボットの先端に取り付けられるエンドエフェクターだ。

 スタートアップ企業のFingerVisionは、視触覚技術を用いた独自のエンドエフェクターの開発を通して、産業構造の転換をも視野に入れる大胆な野望を持つ。いかにパラダイムシフトを起こすのか、同社 代表取締役の濃野友紀氏に話を聞いた。

FingerVision誕生のきっかけ

FingerVisionを装着したロボットハンド[クリックで拡大]

 FingerVisionは、技術責任者として取締役を務め、東北大学大学院情報科学研究科の助教でもある山口明彦氏と濃野氏によって2021年に設立された。

 山口氏は、京都大学工学部電気電子工学科を卒業し、奈良先端科学技術大学大学院情報科学研究科で博士前期課程・博士後期課程を修了。2014年から2017年までカーネギーメロン大学 ロボット研究所に所属していた生粋のロボット研究者だ。社名にもなっている視触覚センサーのFingerVisionは、山口氏がカーネギーメロン大学在籍時に開発した。

 もともとは、”Whole-body Vision(全身視覚)"というプロジェクトを共同で行っていた。これは、ロボットの全身にカメラを配置し、カメラを透明な皮膚で覆うことで、視覚と触覚が融合した能力をロボットに与えるというものだ。山口氏は、ロボットハンドにこの技術を応用することに注力していたという。これがFingerVisionの始まりだ。

 その後、山口氏はボストン・コンサルティング・グループにて産業財セクター、テクノロジー/デジタルセクターのプロジェクトに従事していた濃野氏とベンチャーキャピタルのアクセラレータプログラムで出会い、2021年のFingerVision創業へ向かうことになる。

 さらに、2022年3月には、義手や触覚デバイスを開発するexiiiを創業し、コンビニエンスストアなどでドリンク補充を行うTELEXISTENCEでロボットアーム開発に従事していた山浦博志氏がFingerVisionに参画している。

ロボティクスにおける最後の砦とは

 現在のロボット技術では、衣類、食品、液体の入った容器などの「柔軟な物体」や、ガラス細工や精密部材などの「壊れやすい物体」、さらには「多品種の対象物」を扱うのが難しく、未解決課題として残されている。山口氏は、ロボットが自分で学習しながら賢くなる「ロボットラーニング」や「柔軟な物体を操作するロボット」の開発を進める中で、触覚センシングの重要性に気づいた。

 例えば、人間は目をつぶっていても物を持ち上げられるが、分厚い手袋をつけた状態では物の操作が難しくなる。このように、物体操作には視覚だけでなく「触覚」も重要な役割を果たしている。

 人間にとっては当たり前にできる物体操作でも、ロボットでの実装となると非常に難易度の高いタスクはまだ多い。そこを解決するカギはマニピュレーション(手さばき)の部分だ。

 ロボットの足回りは相当進化し、社会実装も進んでいる。清掃ロボット、配膳ロボット、警備ロボットは社会で当たり前になりつつある。これらロボットの仕事の大半は、足回りだけで担えており、マニピュレーションを主体とする業務は少ない。工場などでは、産業用ロボットが多く活躍しているが、「柔軟な物体」「壊れやすい物体」にはまだあまり扱えていない。

 人の手先で行っている作業はあまりにも多い。もし1つのハンドで人の作業を全て対応しようとすると、高い汎用性が求められる。

 「人の手は本当にすごい。センシング能力も、関節の自由度も、工学的に再現するのは難易度が非常に高い。人のように万能なハンドは目指さず、適切なバランスでハンドを提供する」と、濃野氏は言う。

 また、濃野氏は「いままで、高度な使用を想定されていなかった世界に、高精度の触覚センサーを持ち込んでも、機能全体として成立しない。例えば、グリッパーや、ロボットアームが制御に追い付かないなど。ハンドを高度に使いこなすことを前提としたアップデートがロボット業界全体に必要」と、ロボット業界の構造的な未成熟も指摘する。

 それゆえに、ロボットのマニピュレーションは「ロボティクスにおける最後の砦」と呼ばれる難関な分野なのだ。

繊細な制御で花も巧みにつかむ[クリックで再生]出所:FingerVision
       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.