環境を切り口に“売った後に価値が上がるモノづくり”に挑戦するパナソニックHD製造業は環境にどこまで本気で取り組むべきか(3/5 ページ)

» 2024年07月31日 07時30分 公開
[三島一孝MONOist]

資源循環を前提とした新たな設計環境構築へ

MONOist 脱炭素に対し資源循環はさらに難しいようにも思いますが、こちらについてはどう考えていますか。

小川氏 資源循環についても基本的には脱炭素と同じ考え方で取り組んでいます。数年前まではサーキュラーエコノミーを訴えても社内でも関心は薄かったのですが、その中でも優先順位を付けてさまざまな取り組みを進めてきました。リサイクル工場なども建設し、生産性向上についての関連技術の開発も進めています。

 ただ、目指すべきところを考えると資源循環には難しい問題が数多く残されています。例えば、リサイクルを進めているといっても、金属などを含めて水平リサイクルができているわけではありません。マテリアルリサイクルの量を増やしていくためには、設計の初期段階からそれを織り込んで考えていかなければ、圧倒的にリサイクル量を増やすことはできません。加えて、そもそもの製品廃棄を減らすには、顧客にいかに長く同じ製品を使ってもらうかを考えていく必要があります。製品の内容物を入れ替えたり、ソフトウェアをアップデートさせたりしながら、製品の価値を長く保ち続けるような設計思想に変革しなければなりません。そう考えるとモノづくりの在り方そのものを考え直す必要が出てきます。

 実はパナソニック ホールディングスのR&D部門では、この設計思想の変革とそれに必要になる設計環境の開発に力を入れています。回収した製品を素材化してリサイクルを行う川下側の取り組みは、工場を新設したり、分解の自動化技術の開発を進めたりするなど、既にさまざまな形で進めてきました。今後やらなければならないのは、上流側で資源循環に適した素材の採用や、設計の在り方を模索していくことだと考えています。そのため、デザイン部門や製造部門など複数の部門のメンバーを集めて議論をしているところです。

 家電製品は、大量生産、大量消費、大量廃棄を前提としながら労賃の安いところに工場を移転させながら、グローバルで焼き畑農業のようなビジネスをやってきました。しかし、工場の移転先ももう限られ、製品の廃棄場所にも困るようになり、さらに使う資源も少なくなるという状況です。このパラダイムを変えていかなければ持続可能性がないという状態まで来てしまっているのです。

 例えば、一部の家具や革製品、時計などは、製品が価値を保ち続け、親から子へと受け継がれています。しかし、家電製品は売った時が価値の最大値で、そこからは下がっていくだけで、最終的には価値のないゴミへと一直線で進んでいきます。それは、モノを作っている人間としてはいたたまれないものです。地球環境やコミュニティーのことを考えても、今こそ家電製品でも、使ってもらいながら価値を高めていけるものに変えていくために新たな挑戦が必要だと強く感じています。そういう形に価値と対価の循環の仕組みを作っていくことが必要です。

 ただ、これは5年や10年でできるとも思っていません。リサイクル工場を見ると戻ってきている製品は販売後10年以上が経過した製品がほとんどです。それを考えると今資源が完全に循環することを想定した仕組みを作っても、そこから製品を設計して、量産して、販売して、リサイクルに回ってくるのは、そこから10年以上後ということになります。さらにその素材を使って新しい製品が世に出るような循環が形になるのは、2040年や2050年になるでしょう。

 このサイクルを考えると2050年というのは決して遠い未来の話ではありません。2050年に理想の姿を実現するためには、今パナソニック ホールディングスとして新たな仕組みを確立しなければならないと強い覚悟で取り組んでいます。

photo サーキュラーエコノミー型事業への取り組み[クリックで拡大] 出所:パナソニック ホールディングス

モノづくりの源流で価値を細部まで設計する「プロダクトCPS」の構築

MONOist 資源循環を前提とし、製品の価値を維持して長く使う新たな設計の仕組みを開発しているという話ですが、具体的にはどういう取り組みを進めているのですか。

小川氏 まだ開始したばかりですが、100%リサイクルされることを想定した部材の選び方はどうしたらよいのかということや、省エネを理論的に突き詰めつつ、コストも織り込んでシミュレーションを行い最適設計を行えるようにするためにどうすべきかなどを検討し、それらを織り込んで設計できる基盤の開発を行っています。具体的には、モノづくりにおいてハードウェアとソフトウェアやサービスを合わせたビジネスモデルや、製品ライフサイクル全体のコストや資源循環なども想定しつつ設計できるようにする開発体制や基盤の構築に取り組んでいるところです。

 製品そのもののデジタルツインの構築もモノづくりの上流段階で想定して設計し、製品にライフサイクル全体の総合的な価値をどのような形で構築して最適解を提供するのかを作り込むことが重要だと考えています。コンピュータパワーが上がり、デジタル領域でできることが格段に増えており、多くのことがシミュレーションで精度高く再現できるため、サイバーとフィジカルを融合して製品開発を行える「プロダクトCPS(サイバーフィジカルシステム)」として確立し水平展開していくことを考えています。

MONOist 既にこうした取り組みは製品開発に適用しているのですか。

小川氏 今、いくつかの家電製品で新たな設計開発体制でのモノづくりについて検証を始めたところです。現場が新たな仕組みを理解し使いこなしていく必要があるため、実際に製品が世に出るまでには数年かかる見込みですが、いくつかの製品領域で適用を進めようとしています。事業化の判断は事業会社ごとのものになりますが、一部はパナソニック ホールディングス側で予算を持ってでもやるべきだと考えています。

 体制的にも、事業会社のパナソニック内で同様の取り組みを進めようとしていた部隊をパナソニック ホールディングス内に移し、基本システムの構築に取り組んでいます。ソフトウェアやハードウェアも含めて、製品ライフサイクル全体を新たに設計するための仕組みや方法論を確立するつもりです。

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