これまでのSCMの“世界観”では、サプライチェーン上にあるさまざまな供給リスク(自然災害や紛争/経済安保上の輸出入規制、人権/環境問題など)を考慮しておらず、リスクが顕在化した後に場当たり的に対応するのが常であった。
しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックなどを契機に、企業が供給責任を全うし、自社の雇用や社会的信用を維持していくには、対策すべきサプライチェーン上のリスクを事前に明らかにした上で、適切な打ち手を講じ、リスク事象の発生を監視するマネジメントの枠組み「サプライチェーンリスクマネジメント」を自社のSCMに組み込み、PDCAサイクルを回し続けるべきだ、という企業認識が強まりつつある。
グローバルに生じるさまざまな事象が複雑に影響しあい、複雑性が高まった「VUCA」の時代においては、現場の事後対応に依存するのではなく、SCM戦略の段階から、「どのリスクに」「どのように」「どこまで」対応するかを明らかにしておくべきであろう。
これまでのSCMは、既存のサプライチェーンネットワークを所与のものとし、その事業効率やリスクの多寡は無視してきた。しかし、ここまで見てきた(1)〜(4)のSCM戦略の各要素が明らかになれば、それに応じたマネジメントの在り方や業務プロセスもおのずと明確になる。同時にこのように明確化してはじめて、現状のサプライチェーンネットワーク(サプライヤーや工場、倉庫、それをつなぐ物流経路など)が、それぞれの戦略と整合しているのかを評価できるようになる。
その上で、実際のサプライチェーンネットワークをデジタルモデル化した上で、その構造やパラメータを変動させながらシミュレーションを行い、SCM戦略に照らした既存サプライチェーンの効率性やリスク対応力を定量的に評価し、中長期的なサプライチェーンネットワークの改善や高度化の方向性を明確にする。これまで定量化が難しく、事業への影響を評価しにくかった途絶や経済安保に関するリスク、人権や環境などのESG関連リスクにもコストを定義することで、サプライチェーンネットワークのパフォーマンスを定量的に評価できるようになる。
本稿では5つの戦略要素について言及したが、このうち、2020年代の今日的な事業環境を反映しているものは、「サプライチェーンリスクマネジメント」および「サプライチェーンネットワークデザイン」の2要素のみである。しかし、それらを方向付ける「SCMポリシー」、検討の前提条件を与える「パートナー戦略」「サービスレベル」が明らかになっていることが、これらの新戦略要素を改めてSCMに落とし込む上での必要条件となる。
SCM業務プロセス改革は2000年代以降、各企業で積極的に行われてきたが、サプライチェーンを取り巻く環境が不確実になった今日においては、短期的/個別最適的なアプローチで業務プロセスの末端を効率化するよりも、中長期的/全体最適的な視点での方向づけをSCM戦略という形で改めて明確にしておくことが先決である。
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