推定技術の開発では、船体や機関、艤装(ぎそう)品、そして舶用機器といったハードウェアだけでなくソフトウェアの進化も必要だと前田氏は訴える。前田氏はその具体的な例としてウェザールーティングの進化とそれによって実現を目指す風力推進アシスト装置を紹介した。
風力アシストについては本船での活用提案がこれまでも数多くなされてきたが、今に至るまで広く活用されているとはいえない。この状況を踏まえて前田氏は従来の風力推進アシスト装置が「経済合理性の面で完全に効果があるとはいえなかった」としながらも、今後は「カーボンプライシングの導入により非常に有効な手段になってきている」との見通しを述べている。MTIでは運航データを基にしたシミュレーションにより、搭載効果を精度高く推定する取り組みを行っている。
MTIの風力推進アシスト装置では、過去データから想定運航プロファイルを作成し、あわせて海気象遭遇確率を推定する。その推定内容を踏まえて実海域におけるスピードパワーカーブを作成し、おのおのの運航点においてどのような風向風速を得ることができるのかを評価することで風力推進装置の効果を分析している。
「データを集計し、(風力推進装置を実装する)候補対象船、航路、季節ごとの効果を算出し、対象となる風力推進装置、本船ごとに想定される運航データを考慮した上で評価を行う。コンピュータ上でのシミュレーションによって船速がよってどう変わるのか、航路特性として南北東西航路の違いはどうなのか、季節特定してどうなのかというようなことを、(造船メーカー提供の)スペック情報も考えながら評価している」(前田氏)
ソフトウェア的進化については、「運航の最適化におけるソフトウェア的利活用の進化」といった観点からも言及があった(筆者注:ソフトウェアという言葉からアプリケーションやユーティリティー、ミドルウェアといったものをイメージするかもしれないが、ここでは、運航運用といった航海における航海術的な工夫という意味合いが強い)。
運航の最適化のためには、航行する海域の海象データや航行する船舶のデータ(それはサイズであったり速力であったり舵の効きであったり海象条件で異なる圧流量などなど)の収集と解析が欠かせない。
前田氏は、MTIにおけるデータ収集においては過去データから航海単位での運航実績を取得し、実海域におけるスピードパワーカーブを作成することで想定するシナリオに基づく燃料消費量へのインパクトを推定していると説明する。
その上で、複数の仮説に対して、想定する運航データを考慮した評価を行い、コンピュータシミュレーションを実施するという。「減速航海の効果や運航的事情で発生するコスト(例えば当初の傭船契約想定を超える港での停滞で発生する滞船料など)、そして海域ごとで異なる階気象特性の定量評価を、コンピュータを利活用して微細な事象も反映して、かつ、想定サンプルを増やすことで(精度の高い)評価を実施していく」(前田氏)
前田氏は、ゼロエミッションの今後の取り組みに当たっては、IMOや各国のカーボンプライシングの導入、新興国の経済成長に伴う貨物や物流傾向の変化など、外的要因による影響に留意する必要性を説き、併せて、船舶建造のキャパシティーや燃料供給体制などの制約条件、気候変動リスクに伴う運航などの影響も今後検討していく必要があるとした。
その上でカーボンプライシングがけん引役となり、経済合理性を持った船舶のゼロエミッション化が進み、その上で、変動する外的要因に対応し、状況とシナリオに合わせてシミュレーションのアプローチも動的に変化していく必要があるという見解をまとめとして示した。
「MTIでは、データとシミュレーション技術を使った意思決定の支援、研究開発の取り組みを行い、皆さまと協力しながらシミュレーションを実行していくことを検討している」(前田氏)
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