続いて、2つ目のサブカテゴリーである組織文化について見ていきましょう。
A5「デジタル成熟度」の設問は、“会社全体でのデジタル化浸透度はどのレベルと感じますか?”です。経営層に対しての設問であるA3「デジタルリテラシー」との比較で見ると、A3が「3.07」であったのに対し、A5は「2.71」ですので、社員全体におけるデジタル化の浸透度は経営層と比較して、課題があるようにも受け取れます。コメントを見ますと、「時代の流れからも浸透はしているが、個人によるものの方が大きい」「さまざまな取り組みは行われているが『会社全体に広く浸透』とまではいかない状況」といった現実的な状況が多いようです。
A6「保守文化 vs. 変革文化」の設問は、“社内で改善と改革は明確に定義されていますか?”です。こちらの頻度分布はA5「デジタル成熟度」とほぼ同じパターンになっています。どの会社にも、保守的風土はある程度残っており、改革のベクトルを阻害する方向に働きます。また、改革という旗を振ってはいても、保守文化のせいで、単なる改善にとどまっている例も見られます。そうした意味で、保守文化と変革文化を意識することは、実践する際には大きく影響してくるのです。コメントを見ると、実際には「改革に関して明確ではない」「現場は成果の出やすい従来の改善を行う傾向がある」「事業構造改革、モノづくり改革など、経営的には明確にされているが、浸透度の面では十分とはいえない」といった状況のようです。
A7「変革プロジェクト」の設問は、“変革的(Digital Transformation)なプロジェクトは既に進行していますか?”です。ヒストグラムには1がなく、2〜4に固まっていますので、変革にかかわるアクションはどの企業でも進行していることが分かります。「DX的なプロジェクトは進行しているが、本当にそれが変革的なのかは微妙である」といったコメントも見られました。
A8「活動スピード」の設問は、“新しいことに対しての会社の行動スピードはいかがですか?”です。これに対しては、特に可もなく不可もなく、平均付近に分布しています。コメントを見てみると「決裁が下りるまでは非常に大変だが、会社としての方針が決まれば行動は早い」「タイミングを失うことは少ないと思われる。ただし、全体として保守的で、検証のスピードは遅い」といった状況のようです。
A9「実行リーダー育成」の設問は、“新しいことを率先して行う現場リーダーが身近にいますか?(自身も含め)”です。こちらのヒストグラムはかなり3に集約しているので、それなりに実行可能な状況にあるように思います。コメントにあった「リーダー向きの人材はおり、チャレンジが推奨される文化だが、製品開発、市場対応が最優先のため、時間が取りづらい」や「負荷の面での限界がある。会社全体として、リーダー向き人材が多いとはいえない」という状況が典型的かもしれません。
それでは、経営層からのメッセージや文化的側面の例をいくつか紹介しましょう。
2009〜2013年にP&GのCEO(最高経営責任者)であったBob McDonald氏は「Going Digital」というシンプルな標語の下、「Digitizing the company entirely from molecule to selling/shipping products. …… We want to be the first company in the world to digitize our processes end to end.」という明確なメッセージを出しています。世の中がDXと言い始めたのはここ数年のことですが、P&Gのトップは15年前からその方針を示していたのですね。実際、P&Gは非常に先進的なDX企業になっています。
建機産業のトップメーカーであるキャタピラーは「Virtual Product Development(VPD)」というシミュレーション主導設計プロジェクトを2000年ごろから始めています。つい最近、「VPD」でWeb検索してみたところ、VPD Divisionという部署でシミュレーションエンジニアを募集していることが分かり驚きました。実に二十数年継続して実施されているわけなのです。また、VPDの中でのシミュレーションの位置付けを「Insight Before Iron」と称し、その深い役割を表現しています。これは経営トップが理解し、実践していないと出てこない言葉であり、こうした姿勢が継続につながっているといえます。まさに会社文化の見本だと思います。
最後に紹介するのは、ジェットエンジン3大メーカーの一角であるプラット&ホイットニーが2000年ごろから開始し、2025年の達成を目標に掲げている「Zero Design Cycle Time」というプロジェクトの例です。このプロジェクトが目指すのは、航空機メーカーや国防省などから、対象とする航空機向けのエンジンの要求仕様が来て、初めて見積もり/設計するという従来のやり方ではなく、事前に可能性のあるエンジン仕様の設計とシミュレーションを実施しておき、要求仕様が来たらすぐにその中から最も近い設計案を提示できる状態にしておく、というコンセプトの実現です。
これを実現するためには、24時間365日計算機を回し、エンジンを自動設計する仕組みを作る必要があり、米エンジニアス・ソフトウェアの「iSIGHT」がフル活用されたのです(なお、エンジニアス・ソフトウェアは2008年にダッソー・システムズに買収され、製品名も「Isight」となりました)。プラット&ホイットニーは2003年と2014年の2回、来日してセミナーの基調講演に登壇してくれました。当時、その内容をブログにも書いたのでよく覚えています。彼らは明確なビジョンに基づき、実に20年以上かけてこの大改革プロジェクトに取り組んできました。これはもはや会社のDNAといっても過言ではありません。
こうした例を目の当たりにするたびに、文化の重要性を実感します。技術があることは大前提で、その技術を生かし、発展させ、プロジェクト化し、10年先、20年先のゴールに導くには、文化ががっちりと根付いていることが極めて重要なのです。次回取り上げる「体制」も同様です。
今回の文化に関連して、毎度参照している「デザインとシミュレーションを語る」ブログの該当する箇所は下記の通りです。今回はそれほど多くありませんね。あらためてお読みいただけると理解がさらに深まるかと思います。
Simulation Governance診断にご興味のある方は、本連載を読んだ旨をコメントいただき、筆者プロフィール欄に記載のメールアドレスまでご連絡ください。 (次回へ続く)
最後に筆者からのお願いです。本稿をご覧いただいた読者の皆さまからのフィードバックをいただけると大変励みになります。また、ご意見やご要望を今後の記事に反映させたいと考えております。無記名での簡単なアンケートになりますのでぜひご協力ください。
工藤 啓治(くどう けいじ)
スーパーコンピュータのクレイ・リサーチ・ジャパン株式会社や最適設計ソフトウェアのエンジニアス・ジャパン株式会社などを経て、2024年1月まで、ダッソー・システムズに所属。現在、個人コンサルタントとして業務委託に従事。40年間にわたるエンジニアリングシミュレーション(もしくは、CAE:Computer Aided Engineering)領域における豊富な知見やノウハウに加え、ハードウェア/ソフトウェアから業務活用・改革に至るまでの幅広く統合的な知識と経験を有する。CAEを設計に活用するための手法と仕組み化を追求し、Simulation Governanceの啓蒙(けいもう)と確立に邁進(まいしん)している。
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