連載「設計者CAE教育のリデザイン(再設計)」では、“設計者CAEの教育”に焦点を当て、40年以上CAEに携わってきた筆者の経験に基づく考え方や意見を述べるとともに、改善につながる道筋を提案する。連載第2回では、マーケティング手法のチカラを借りて、CAEが広まらない理由を考察する。
製品やサービスが世の中に認められ、広く使われるようになることは、それらを作った技術者にとって最高の喜びといえるでしょう。では、製品やサービスが世の中に広まるまでに、どれほどの時間がかかっているのでしょうか? ユーザーが5000万人に達するまでにどれくらいの時間がかかったのかを調査した結果があります(図1)。
飛行機だと68年、テレビで22年、携帯電話で12年かかっています。このあたりまではハードウェア、つまり製品です。インターネットが世界規模のネットワークとして使用者が5000万人に達するまで7年です。インターネットによって、それをベースとしたサービスの拡散速度は飛躍的に上がりました。YouTubeで4年、X(旧Twitter)では2年です。ちょっと属性は異なりますが、Pokemon GOに至っては、何と19日(!)でユーザーが5000万人に達しています。
何度か申し上げていますが、筆者は40年以上、設計の現場でCAEを使ってもらおうと東奔西走してきました。しかし、努力と苦労の割には、うまくいきませんでした。そして今、ただ漫然と「設計者がCAEを使ってくれない……」と嘆いていてもダメだと気付きました。
世界的に広まった製品やサービスは、きっと何らかのカタチで「拡散を阻害する溝」を乗り越えているはずです。この溝のことを「キャズム」といいます。キャズムは深くて大きな溝……。ここに橋をかけなければ、CAEは市民権を得ることができないと思いました。そして、その橋は両岸からアプローチしなければならないことにも気が付きました。
CAEがなぜキャズムを越えないのか? 設計者はなぜCAEを煙たがるのか? その理由を明確にし、分析をしなければ設計者とCAEの距離は縮まりません。今回はマーケティング手法のチカラを借りて、CAEが広まらない理由を考察します。この考察は、設計者CAEの教育をプランニングする上で重要な施策の一つとなるでしょう。
少しだけマーケティングの話をします。CAEの教育を行う目的は、CAEを社内に広めたいからですよね? そのためには、マーケティングの理論や手法が役に立ちます。CAEの導入や活用度の分析に、先人のマーケターの知恵を借りてみましょう。
先ほども登場しましたが、キャズムについてご存じでしょうか? キャズムとは“深い裂け目/割れ目/深い溝”を意味します。マーケティングでも使われる用語です。キャズムは、ユーザーに新しいツールやサービスが広まっていくときに遭遇する“深くて大きな溝”のようなものです。
この溝(障壁)を越えられるか、越えられないかによって、ツールやサービスが広まるかどうかが決まる、というわけです。
乗り越えるのが難しい“深くて大きな溝”はどこにあるのか? それは「イノベーター理論」の中にあります。イノベーター理論とは、これもまたマーケティングで使われる理論で、新しいツールやサービスの普及度合いに合わせて5つのユーザー層に分類する、というものです(図2)。
「革新層」の人たちは、新しい技術を常に追い求めており、新しい技術が仕事にどう役に立つかなど関係なく、新しい技術に強い興味を示します。新しい技術導入のきっかけは興味本位です。
「初期採用層」の人たちは、新しい技術が仕事にどんなメリットをもたらすのかを正当に評価します。新しい技術の導入に際しては、自分の直感と先見性を根拠にして他と比較検討することはしません。
「前期採用層」の人たちは、新しい技術のほとんどは一過性で終わってしまうということを理解しています。よって、成功事例や評判を確認してから、新しい技術の導入を検討します。この層までで認知度は50%になります。
「後期採用層」の人たちは、前期採用層の人たちとほとんど変わりませんが、新しい技術を使うことに抵抗があります。彼らは新しい技術が業界標準としてメジャーになるまで、ひたすら待ち続け、手厚いサポートを希望します。
「遅延層」の人たちは、新しい技術には見向きもせず、とにかく現状維持にこだわります。彼らが新しい技術を使うとしたら、新しい技術が既存の別の製品に組み込まれて、目に見えなくなったときだけです。
キャズムは、初期採用層と前期採用層の間に存在します。あくまで筆者の肌感覚ですが、2D CADと3D CADはキャズムを越えているといえます。一方、CAEはキャズムをいまだ越えられていません。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.