先行する上記のCatena-Xを土台に、製造業全体でデータ共有圏の取り組みを行う組織がManufacturing-Xであり、ハノーバーメッセ2023においても本格的な発表があった(構想自体やレポートなどは以前から発表)。
本連載においても詳述するが、Manufacturing-Xの対象は製造業全体であり、自動車や電機/エレクトロニクス、食品、化学/製薬、工作機械をはじめ幅広い領域を対象としている。そのうち自動車はCatena-Xが担い、Manufacturing-X全体としてはCatena-Xを土台(Blue Print)として他製造業に横展開してそれぞれの業界におけるデータ共有の取り組みのインターオペラビリティが担保される計画だ。
Manufacturing-Xにおいて想定されている大きなユースケースとしては下記の通りだ。(1)Product Innovation Collaboration(製品イノベーションのための連携)、(2)Production Optimization & Autonomous Factory(製造最適化と自律工場)、(3)Supply Chain Transparency(サプライチェーン透明性)、(4)Energy CO2 Managementに(エネルギーやCO2管理)に分かれる。Manufacturing-Xについては本連載の中で詳述したい。
また、その他のデータ共有圏のユースケースもハノーバーメッセ2023のセッションにおいて多くが示された。「Uranos-X(中小企業のデータ共有)」「EuProGigant(ドイツとオーストリアの製造業間でのデータ共有)」「モビリティデータスペース(さまざまなモビリティ領域でのデータ共有)」などだ。
例えば、Uranos-Xは中小企業に向けたデータスペースだ。データスペースの取り組みは、限られた投資コストや、専門家やリソースの不足、ITやクラウドの導入への懸念などを抱える中小企業でいかに推進できるかが課題となる。GAIA-Xなどで蓄積された製造業のデータ共有の取り組みを、ハードルを下げて中小企業が活用しやすい形で提供することがUranos-Xの役割だ。ドイツのパーダーボルン大学やアーヘン工科大学、フラウンフォーファー研究所、同じくドイツのOFFISが連携して取り組みを行っている。
現状のデータ共有圏では、自動車メーカーなどサプライチェーンの上流企業、つまりデータの受け手のメリットとなるトレーサビリティーやCO2排出量共有などが中心に議論されており、最重要といえるデータの出し手となる中小企業のメリットの検討が十分ではない。その点でUranos-Xは中小企業にフォーカスを置いている点で注目に値する。その他のデータ共有の取り組みは連載の中で触れたい。
ハノーバーメッセ2023における注目点として、データトレーサビリティーを必要とするルール形成である「Digital Product Passport(DPP)」とともに、データ共有の実行における土台となる「Asset Administration Shell(AAS:資産管理シェル)」の存在を忘れてはならない。これら前提となるルールや規制、具体的な標準作りに踏み込んで取り組みが進んでおり、コンセプトやPoC段階から社会実装に向けて本格的に始動していることが分かる。
Digital Product Passportとは、サーキュラーエコノミーを促進すべく、製品の情報を記録する「電子パスポート」を意味する。製品情報には、製品の全ライフサイクルにおける重要なデータとして、製造元、使用材料、リサイクル性、解体方法や利用履歴などが含まれる。下図のように実際の製品の「デジタルツイン」のうち、情報モデルがDPPといえるだろう。
Digital Product Passportに関連して、Battery Passport(欧州電池規制)として電池を対象にした規制が自動車業界をはじめとする日本の産業においても大きな論点となっている。2024年に施行され、製品ライフサイクル各段階のCO2総排出量と独立第三者検証機関の証明書などの提出が義務付けされる。これはバッテリーに限らず、電子機器やICTなど対象が広範囲にわたる流れである。
Digital Product Passportの存在により、企業としては製品ライフサイクルのCO2のデータ共有が必須となる。データ共有があったらよい(Nice to have)から、なければならない(Must Have)へと変わる大きなドライバーとなるのがDigital Product Passportなのだ。
また、ハノーバーメッセ2023においてはデータ共有におけるAsset Administration Shellの重要性が繰り返し強調された。AASはインダストリー4.0の中で重要視されているアセット(設備、機器、人、システムなど)の接続性と相互運用性を実現するオープンスタンダードである。
データ共有においては、このAASの通信インタフェースを通じてマテリアルデータやプロセスデータ、カーボンフットプリントなどが共有される。AASを通じて各種情報が共有され、トレーサビリティーを担保する構造となる。下図はManufacturing-Xのコンセプト動画をもとに作成した図であるが、その中でもAASが通信インタフェースの土台として活用されている。
最後に触れたいのがデータ共有圏のコンセプトが実装された商材の展開である。インダストリー4.0の産業コンセプトの社会実装においては、これらに対応したソリューションをさまざまな企業に提案、展開するSAPやボッシュ(Robert Bosch)、シーメンスなどのソリューション企業の存在が鍵を握った。
データ共有圏においても企業や産業にエバンジェリストとして提案し、個別企業の課題に沿った提案、実装を行うソリューション企業の存在が重要となる。詳細は本連載の中で後述するがハノーバーメッセ2023においてもデータ共有のソリューションを取り入れた商材の展開がなされた。今後はこれらの具体的な商材が、ソリューション企業や、それらを個別企業に提案するインテグレーターによって提案されることにより産業への実装や検討が進んでいくことが想定される。
このようにハノーバーメッセ2023においてコンセプトから社会や産業での実装へとデータ共有圏が大きく動き始めた。本連載ではこれらグローバルに広がりつつあるデータ共有圏の動向についてIDSA、GAIA-X、Catena-XやCofinity-X、Manufacturing-Xなどの各組織の詳細動向や、米国や中国、アジアの動向、日本に求められる対応などについて触れていきたい。
→連載「加速するデータ共有圏と日本へのインパクト」バックナンバー
小宮昌人(こみや まさひと)
JIC ベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 プリンシパル/イノベーションストラテジスト
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員
日立製作所、デロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所を経て現職。2022年8月より政府系ファンド産業革新投資機構(JIC)グループのベンチャーキャピタルであるJICベンチャー・グロース・インベストメンツ(VGI)のプリンシパル/イノベーションストラテジストとして大企業を含む産業全体に対するイノベーション支援、スタートアップ企業の成長・バリューアップ支援、産官学・都市・海外とのエコシステム形成、イノベーションのためのルール形成などに取り組む。また、2022年7月より慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員としてメタバース・デジタルツイン・空飛ぶクルマなどの社会実装に向けて都市や企業と連携したプロジェクトベースでの研究や、ラインビルダー・ロボットSIerなどの産業エコシステムの研究を行っている。加えて、デザイン思考を活用した事業創出/DX戦略支援に取り組む。
専門はデジタル技術を活用したビジネスモデル変革(プラットフォーム・リカーリング・ソリューションビジネスなど)、デザイン思考を用いた事業創出(社会課題起点)、インダストリー4.0・製造業IoT/DX、産業DX(建設・物流・農業など)、次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、自動運転など)、スマートシティ・スーパーシティ、サステナビリティ(インダストリー5.0)、データ共有ネットワーク(IDSA、GAIA-X、Catena-Xなど)、ロボティクス、デジタルツイン・産業メタバース、エコシステムマネジメント、イノベーション創出・スタートアップ連携、ルール形成・標準化、デジタル地方事業創生など。
近著に『製造業プラットフォーム戦略』(日経BP)、『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版社/共著)があり、2022年10月20日にはメタバース×デジタルツインの産業・都市へのインパクトに関する『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる〜』(日経BP)を出版。経済産業省『サプライチェーン強靭化・高度化を通じた、我が国とASEAN一体となった成長の実現研究会』委員(2022)、経済産業省『デジタル時代のグローバルサプライチェーン高度化研究会/グローバルサプライチェーンデータ共有・連携WG』委員(2022)、Webメディア ビジネス+ITでの連載『デジタル産業構造論』(月1回)、日経産業新聞連載『戦略フォーサイト ものづくりDX』(2022年2月-3月)など。
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