不正/不祥事を繰り返さぬために、「恒久措置」で真因を分析する重要性複雑化した工場リスクに対する課題と処方箋(4)

これまで製造現場のコンプライアンス違反といえば、品質にかかわる不正や不祥事がメインでした。しかし近年、ESG経営やSDGsの広まりから、品質以外の分野でも高度なコンプライアンス要求が生じています。本連載ではコンプライアンスの高度化/複雑化を踏まえ、製造現場が順守すべき事柄を概観します。

» 2023年07月10日 08時00分 公開

 前回の「重要なのは初動対応、コンプライアンス違反という『有事』対策の進め方」では、不正/不祥事発生時の動きを解説しました。有事対応では、時間が極端に限られる中で、多くのタスクを迅速かつ的確に、同時並行で実施していくことが求められます。その際に有効な手段として、PMO(Project Management Office)の設置や自社リソースの客観的把握、外部専門家の活用に加えて、ステークホルダー対応のポイントを紹介しました。

 さて今回は、有事対応においてステークホルダー対応に並びもう1つの柱となる再発防止策の検討/実施について解説します。

「暫定措置」と「恒久措置」

 不正/不祥事を再発させた場合、一度目の不正/不祥事に比べて、レピュテーション毀損(きそん)をはじめとする企業価値損失は極めて甚大なものとなり、事業継続に深刻な影響を及ぼします。そのため、不正/不祥事の真因を捉えた網羅的な再発防止策の立案/実行が求められます。

 再発防止策は定義が曖昧な形で議論されることも多く、そのことが時に取り組みを大きく阻害する要因ともなり得ます。再発防止策は「暫定措置」と「恒久措置」に分けて考えなければなりません。

 暫定措置は自社やステークホルダーが被る損害を拡大させないための緊急対策、恒久措置は真因に対するより全社的/中長期的な対策を指します。不正/不祥事発生時には、どうしても早く幕引きをしたい心理が働き、暫定措置だけを実施して再発防止が完了したとしてしまうケースが散見されます。言うまでもなく、暫定措置だけでは真因への対策は不足し、問題が再発するリスクが大きく残ってしまいます。

再発防止策検討の難しさや再発リスク

 前述した(1)暫定措置と恒久措置の混同による真因への対策不足に加えて、(2)真因の分析に着手するも、適切な分析とそれに連なる対策立案/実施ができず、再発に至る例も多く見られます。

 (1)を防ぐためには、第3回でご紹介したPMOを設置/機能させ、有事対応のタスク整理を徹底し、暫定措置/恒久措置を区別した計画立案/進捗管理が求められます。(2)に備えるには、目につきやすい課題や不正/不祥事が生じた部署などの「部分」だけに注目するのではなく、次項で紹介するフレームワークを参照することで全体を見渡した検討/対応ができているかを常に意識することが肝要です。

有効な再発防止策の検討/実施のヒント

 本稿では、紙幅の都合上、より難易度が高い恒久措置に焦点を当てて解説します。

 前述の通り恒久措置の前提としてまずは真因分析が必要であり、真因分析には問題発生部署だけに注目するといった局所的視点にとどまらず、全体を俯瞰しながら分析を進めなければなりません。その際のツールとして、図1に示すようなフレームワークが役立ちます。

図1:KPMGの原因分析フレームワーク(一部内容を省略)[クリックして拡大] 出所:KPMGコンサルティング

 図1のフレームワークでは製造業を念頭に置き、「発生現場」「品質管理体制」「社内外の環境」という3層に分け、問題の所在にかかる設問を分析の切り口として記載しています。また、原因および再発防止策に関しては、組織を3ラインモデル、社内外の環境を企業文化/風土、ガバナンス、方針/戦略、外部環境で整理/分類する枠組みとしています。

 なお、図中の原因および再発防止策(例)は、筆者のこれまでの経験や、過去の不正/不祥事事例における第三者調査委員会の報告書などを参考に記載しています。

 せっかく立案した再発防止策も、有効に実施されなければ全く意味がないことは言うまでもありません。しかし現実では、不十分な実施例は数多く見られます。ポイントは対策を「一度の取り組みで終わりにしない」ということです。多くの場合、分析の結果として導かれる真因は、全社にまたがる構造的な課題、構成員の無意識に根付いた思考習慣など、解決に時間がかかるもので占められます。

 また、部署間/職層間の壁は、不正/不祥事発生の要因として最も指摘されやすいものの1つですが、同時に、再発防止の阻害要因にもなり得ます。一度の対策で終わらないよう、継続的に取り組み、その内容を組織横断的に見直していくための体制/仕組みづくりが不可欠です。

まずはアセスメントによるリスクの洗い出しを

 第1回から第4回まで、製造業におけるコンプライアンス違反による不正/不祥事への「予防」「発見」「対応」の視点で、リスクアセスメントの重要性やその取り組み方、ステークホルダーへの情報開示、再発防止策の検討/実施などを解説してきました。

 コンプライアンス違反リスクを放置し、顕在化してしまった際の企業活動への影響は甚大です。リスク発生を予防/早期発見し、深刻化してしまう前に対応することが肝要となります。コンプライアンスにかかる対応を幅広く見渡してきましたが、まずは、工場や製造現場でのコンプライアンスに関するリスクアセスメントにより、リスクの所在を洗い出すことを強く推奨します。

 製造業が直面し得るリスクは、ここまで解説してきたコンプライアンス違反だけでなく、サイバー攻撃や情報漏えい、脱炭素/サーキュラーエコノミーなどの社会的要請、台湾有事などの地政学リスク、国内労働人口減少による人件費上昇など、多様化/複雑化し続けています。次回は、工場や製造現場におけるサイバーセキュリティについて解説します。

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筆者紹介

水戸貴之(みと たかゆき)/アソシエイトパートナー

法曹団体を経て現職。品質コンプライアンス対応支援、グローバル法務・コンプライアンス組織/制度の策定・運用・高度化・モニタリング対応支援、海外子会社管理支援等に従事する。法務・コンプライアンス対応に関する執筆・講演実績多数。




馬場 智紹(ばば ともつぐ)/シニアマネジャー

事業会社や他コンサルティングファームを経てKPMGコンサルティング株式会社に参画。複数の不正調査案件や事業再生案件の他、調査後の再発防止計画の立案・実行支援の中での各種当局対応支援の経験を有する。




荒尾宗明(あらお むねあき)/マネジャー

中央官庁において、規制法の制度設計・運用や不正対応等を経験し、2022年にKPMGコンサルティングへ参画。グローバルでの法務・コンプライアンス、地政学リスクマネジメントなど各種リスクコンサルティング業務を担当。




中野成崇(なかの みちたか)/シニアコンサルタント

商社を経てKPMGコンサルティングに参画。製造業向けコンプライアンス研修の企画実行支援、海外労働法令の順守支援、製造現場や工場におけるコンプライアンス支援、独占禁止法や下請法等の競争法への順守対応支援等の法務コンプライアンス領域の支援業務に従事。


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