製造業でも多くの関心が寄せられている「DX」。前回連載の「製造業に必要なDX戦略とは」では、製造業におけるDXへの取り組み方を3つ例に挙げて解説した。本連載では、DX基盤を構築したその先で、具体的に「何が実現できるのか」を紹介する。
前回の連載終了より約半年ぶりの新連載で、ごぶさたしております。2020年来、コロナ禍により国内外の経済活動は大きな影響を受けました。ただ、情報システム分野に関して言えば、新しい技術が広く活用されるようになったエポックメイキングな1年であったとも思います。
例えば、Low-Code(ローコード)を活用した短期間でのアプリケーション開発事例が、多くの地方自治体で見受けられました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する情報発信・予約システムを、AWSなどのプラットフォーム環境とローコード開発の組み合わせで実現しています。まだ地域によって温度差はありますが、公的機関においても従来の「じっくり型」の開発姿勢から、「まずはやってみよう型」というアジャイルな開発姿勢に変わってきているのかもしれません。もちろん、こうした動きはコロナ対策という待ったなしの状況下に後押しされて生じたものでしょう。
まずは、前回のコラム連載「製造業に必要なDX戦略とは」を少しだけ振り返ってみたいと思います。第1回目では、「DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進から得られる成果物は何か」を説明するところからスタートしました。
第1の成果物は、業務の徹底した効率UPです。これは工場内だけのお話ではありません。顧客コミュニティーや仕入先コミュニティーを含むサプライチェーン全体の効率UPを目指します。
第2の成果物は、競合市場における優位性の構築です。これは製品性能や品質の向上ではなく、該当市場における自社製品のポジション、市場評価をリアルタイムに収集&分析することで、競合製品に対する優位性を築くということです。
こうした成果物は特別新しいものではありません。「サプライチェーン改革」も「製販一体」も、どちらかといえば少し手垢が付いたテーマではあります。が、現実の世界ではなかなか十分に達成されていない目標ではないでしょうか。
前回連載では、これからDX基盤を構築するために必要な3つの戦略をご紹介しました。直近情報を交えながら少し振り返ってみましょう。
前回はPaaS(Platform as a Service)、SaaS(Software as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)という区分をご説明したのですが、最近の大手プラットフォーマーの動きを見ていると、こうした垣根がかなり曖昧になってきました。特に大手ITプラットフォーマーによるSaaS分野への取り組みが大きく加速しています。
これは単に自社プラットフォーム上で提供する製品数を増やすというだけではありません。プラットフォーム戦略において非常に重要な「エコシステム構築」を実現するための動きが強まっているのです。「エコシステム」とは、従来、ITベンダーが提供していたような「さまざまな企業が提供するシステムを個別に導入して、システムインテグレーションをする」サービスではなく、「同一プラットフォーム上にあるシステムにアプリケーションを組み合わせて業務システムを構築する」という考え方です。
昨今、セールスフォース・ドットコムによるSlackの大型買収のように、大手プラットフォーマーによる積極的なM&A戦略の実行が散見されますが、これはエコシステム戦略への取り組みを強めている裏付けだと見なせます。
プラットフォーム環境で提供されるクラウドアプリケーションの多くは、現在「サブスクリプションモデル」となっています。映像配信や音楽配信、ゲームなど、B2Cのアプリケーション市場ではすでにサブスクリプションモデルが主流となっていますが、B2Bの領域でも、ユーザーメリットが大きい同モデルが主流となることは明白でしょう。
SAPやオラクルを始めとした海外の大手システムベンダーは、経営資源の多くを投じて、既存アプリケーションのクラウド化を推進しています。一方、国内ではいまだに「オンプレミスモデル(ライセンス販売)」、もしくは従来のオンプレミス製品を月額料金で提供するモデルが主流です。サブスクリプションモデルの市場成熟度は、今後、国内外で格差がさらに広がるかもしれません。
従来の基幹システムの大半は、工場内の業務を管理対象とし、工場内の見える化を図るものでした。しかし、実際の生産活動では、顧客、仕入先、外注先など、外部コミュニティーとの「つながり」が必須です。外部コミュニティーとデジタルデータを共有することは、顧客満足度向上、サプライチェーン全体の精度向上につながります。
さて、本連載でテーマとなるのは、企業内にそれなりのDX基盤を構築できたとして、「その先で何ができるのか」ということです。DX基盤で実現させたいテーマは多くあり、企業ごとにいろいろな考え方があると思います。今回の連載では、実現ハードルが高くなく、かつ、効果の見込める3つのテーマを選び、順に解説していきます。
各テーマの詳細内容は次回以降のコラムでお伝えしますが、まずはそれぞれのテーマ概要をご紹介します。
モビリティとは一般的に、乗り物や人の移動に関する用語として使用されていますが、ここではシステム運用の可動性と言う意味を指します。プラットフォーム上で構築されたDX基盤の大きな利点は、国内・海外、社内・社外を問わず、「いつでもどこからでもつながる」システム運用を実現できる点にあります。
DX基盤上で構築した基幹システムを活用することで、生産活動に関するさまざまなデータを一元管理できます。従来の仕組みでは個々に存在し、データ統合がネックとなっていた顧客情報、商談情報、受注情報、購買情報、製造情報、出荷情報、原価情報、財務会計情報などをリアルタイムに一元管理することで、さまざまな角度からのデータ解析が可能となり、ビジネスの可視化向上に大きく寄与します。
ビジネス環境は常に変化しています。またその変化スピードは年々早くなっています。こうした環境下で、市場優位性、顧客満足度、業務効率のさらなる向上を図るには、環境変化に順応して、自らも変化していく業務システムが必要不可欠です。従来の仕組みとは異なる「進化するシステム」もDX基盤であれば実現できます。
次回のコラムでは(1)モビリティ(+モバイル)の具体的な活用内容からお話しします。どうぞお楽しみに。
栗田 巧(くりた たくみ)
Rootstock Japan株式会社代表取締役
経歴
1995年 マレーシアにてDATA COLLECTION SYSTEMSグループ起業。タイ、日本、中国に現地法人設立
製造業向けERP「ProductionMaster」とMES「InventoryMaster」リリース
2011年 アスプローバとの合弁会社Asprova Asia設立
2017年 DATA COLLECTION SYSTEMSグループをパナソニックグループに売却。パナソニックFSインテグレーションシステムズ(株)代表取締役就任
2020年 Cloud ERPのリーディングカンパニーであるRootstock Japan(株)代表取締役就任
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