両面ゲートIGBTのスイッチング損失を最大62%低減、東京大学が新技術開発組み込み開発ニュース

東京大学 生産技術研究所は2020年12月7日、ゲート両面の動作タイミングを最適化することなどを通じて、両面ゲートIGBTのスイッチング損失を、片面ゲートIGBTと比較して最大62%低減することに成功したと発表。

» 2020年12月08日 14時00分 公開
[池谷翼MONOist]

 東京大学 生産技術研究所(以下、生産技術研究所)は2020年12月7日、ゲートの動作タイミングを最適化することなどを通じて、両面ゲートIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のスイッチング損失を、片面ゲートIGBTと比較して最大62%低減することに成功したと発表した。加えて、両面リソグラフィー技術の採用によって、高耐圧かつ高速で動作可能な両面ゲートIGBTを、低コストで量産化可能な製造プロセスも開発したという。

動作タイミングを少しずらしてスイッチング損失を低減

 IGBTの性能を示す重要指標には「オン電圧」とスイッチング時に消費する電力量である「ターンオフ損失」がある。両指標はどちらか片方の数値が上がれば、もう片方の値が下がるトレードオフの関係にあるが、このトレードオフを改善することが、IGBTの高性能化にとって重要である。以前から、スケーリングによるトレードオフの改善などが図られてきたが、そもそも、標準的である片面ゲートIGBTでは性能向上に限界があるとも指摘されていた。

IGBTの基本動作原理*出典:東京大学 生産技術研究所[クリックして拡大]

 そこで、生産技術研究所が取り組むのが両面ゲートIGBTの開発である。両面ゲート化によってターンオフ損失の超低損失化を実現するとともに、パワー半導体の1種であるGaN(窒化ガリウム)デバイスなどで開発が進む「超高速スイッチング」を実現することも可能となる。

 今回の発表では、表面と裏面のゲート、共に5V駆動でスイッチングをする両面ゲートIGBTを試作して用いた。基本的に両ゲートは同期した動作をとるが、表面に対して裏面ゲートの動作タイミングを少し早く動作させることによって、コレクタ電流に対してテール電流を抑制する効果が生まれる。これによってターンオフ損失を低減することが可能となる。さらに、表面ゲートの配置数4つに対して裏面ゲートを1つの割合で設計することで、3.3kVの定格電流において、従来の片面ゲートIGBTと比較すると最大62%のスイッチング損失低減を実現したという。電力消費を低減することで、より小型なIGBTの開発につながる可能性がある。

スイッチング試験の結果*出典:東京大学 生産技術研究所[クリックして拡大]
東京大学 生産技術研究所の更屋拓哉氏

 また、従来の両面ゲートIGBTにおいては、同一構造のウエハー表面を削って張り合わせて製作するタイプのものが多かった。しかし、東京大学 生産技術研究所 助手の更屋拓哉氏は「こうした張り合わせ方式だと、張り合わせ面に界面ができてしまうので、縦方向に電流を流す上で致命的な欠陥となる。このため、これまで開発されたデバイスは、あくまでも動作の検証目的で導入することが大半だった」と指摘する。

 これに対して生産技術研究所は、1枚のウエハーから両面ゲートIGBTを作成するという「両面リソグラフィー」技術を「世界で初めて」(更屋氏)導入して、張り合わせ界面のないIGBTを作成した。量産が可能であり、張り合わせ界面によるデバイス劣化も生じないという。

将来の市場でも、シリコン半導体が主役になる予測も

 IGBTはパワー半導体の1種である。近年、パワー半導体はエアコン、IHなどの家電製品、EV(電気自動車)、産業用モーター、鉄道や送配電網をはじめとするインフラなど幅広い範囲で採用が広がっている。その中で、ワイドバンドギャップを有するSiC(シリコンカーバイド)やGaNなどを材料とするパワー半導体も徐々に市場シェアを広げてはいるものの、依然としてシリコン製のパワー半導体が大部分のシェアを占めている。

パワー半導体の市場規模*出典:東京大学 生産技術研究所[クリックして拡大]

 更屋氏は「矢野経済研究所の調査によると、2019年のパワー半導体市場では金額ベースで約97%をシリコンデバイスが占めており、シリコンカーバイドは約3%にとどまる。また同調査では、2025年においても市場の大部分をシリコン製の半導体が占めていると予測している。一般的にSiC、GaNなどがシリコンのシェアを代替すると考えられているが、将来の市場においても主役はシリコン半導体になるという見方も強い。このためIGBTのようなシリコン半導体開発は、市場へのインパクトが大きい」と指摘する。

シリコンIGBTを取り巻く開発課題*出典:東京大学 生産技術研究所[クリックして拡大]

 しかし、シリコンIGBTの開発技術は「かなり成熟した段階にあり、従来の延長線上では性能向上が限界に近いといわれている」(更屋氏)という。現在、半導体メーカーは、400〜6500Vと幅広い範囲の定格電圧に対応するIGBTを発売している。しかし、実は、6500Vの定格電流に対応可能なIGBTは既に2000年ごろには開発されており、それ以降大きな性能進化が見られていない。このため海外メーカーでは低コスト化に重点を置いて開発を行われている。

 そこで更屋氏らが参加する研究プロジェクトでは「新原理に基づくシリコンIGBTの高性能化」や「ウェハーから回路まで含めた総合的な開発戦略」を目標に掲げて、「新世代IGBT」の研究開発を進めている。その具体的な取り組みの1つが、両面ゲートIGBTの開発だ。この他にも、IGBTに最適な駆動回路などを搭載したIPM(インテリジェントパワーモジュール)へのデジタル制御技術の付加、ゲート回路の小型化を通じたIGBTの低コスト化などにも取り組んでいるという。

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